2010年02月28日

二兎を追うものは、ヤギを失う

2、3年前のあるとき、「うちのヤギが、今どこにいるか知っているか?」という電話がかかってきました。かけてきたのは友達で、ギリシャ人のスタマティスという男でした。スタマティスは船乗りですが、ある事情があってダンデノン山に暮らしていたのです。しかし、船乗りが山にいてもあまり幸せなはずはなく、スタマティスは、何となく浮かない顔で毎日を過ごしていました。

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デイリー種のヤギ

 山暮らしに馴染めないスタマティスは、家の草刈りをするのも面倒と、草を食べさせるためヤギを飼い始めたのです。草を食べさせれば、草刈りもしなくていいし、餌代の心配もなし。一挙両得と考えたのです。ヤギでも飼って、慣れない山暮らしの無聊を慰めるということもあったでしょう。
 アシヌーラ(「アテネの女」という意味らしい)と名付けたその雌ヤギは、案の定、猛烈な勢いで草を食べ始めました。たちまちスタマティスの庭は坊主になってしまいました。ヤギの食べる草は足りなくなり、スタマティスは、草刈りの必要がある友達にアシヌーラを貸したのです。
 ところが、アシヌーラは、すぐ友達宅の草も食べ尽くし、そこからまた別の家に貸し出されたのです。そこからまた別の家へ。そうやって、二度、三度の又貸しの末、アシヌーラの行方は、すっかり分からなくなってしまったのです。
 「うちには来てないよ」と、僕は言いました。スタマティスは、「じゃあ、どこかでアシヌーラを見かけたら、すぐ連絡をくれ」と言って、がちゃんと電話を切りました。
 これはまさに、「二兎を追うものは、一兎も得ず」という諺通りです。と言うより、「二兎を追うものは、ヤギを失う」と、言い換えるべきでしょう。
 アシヌーラがどうなったのか、その結末は聞くのを忘れました。しかし、ものぐさなスタマティスが楽しようとして飼ったヤギですから、きっとろくなことにはならなかったでしょう。そのスタマティスですが、山暮らしは気が滅入ると、今はギリシャに戻って船乗りをしています。
 とまあ、そんなことがあったので、僕はこのエピソードを元に、「ヤギを又貸しする」お話を子ども向けに書いてみたのです。ところが僕は、ヤギを飼ったこともなければ、じっくり観察したこともなかったので、この間の日曜に、ヤギを飼っている知人宅に見学に行ってきたのです。
 
ヤギを飼う医者家族

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医者家族の農場

 出かけたのは、ダンデノン山の南端、ワンディンという農村に住むジョンとカースティ一家です。旦那のジョンは、うちのかかりつけの医者です。医者のくせに農場に住み、畑をつくり、ほぼ自給自足の暮らしをしている変わり者。奥さんのカースティーは、ヤギの飼育をしています。自分たちがミルクを飲んだり、と殺して食べたりする他にも、子やぎが生まれれば売ると言う、一種の兼業農家なのです。この夫婦、4人の子だくさんなのに、本当によくやります。

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 さて、天気の良い日曜日、息子の鈴吾郎と彼らの牧場に行くと、いるわ、いるわ、山の斜面に面した囲いの中で、5、60頭のヤギが跳ね回っています。その真ん中で、カースティが餌をやっているところでした。

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 「ヤギは、犬みたいに飼い主も分かるの。私の自動車だって知ってるし、頭がいいのよ。もちろん、餌の時間も覚えているわ。母ヤギは、どれだけたくさん子ヤギがいても、自分の子どもは、ちゃんと見分けるのよ。」カースティは言います。

多言語なヤギ

 トラクターを運転して、向こうからジョンがやってきました。そして、いきなり尋ねました。「あんたは言語学をやっているらしいが、ヤギ語は話せるかね?」
 「ドリトル先生じゃあるまいし、そんなあ!」と僕は笑って答えました。
  ジョンはまじめな顔で続けました。
 「ヤギは、種類が違うと、明らかに違う言葉を話すんだよ。こっちのは南アフリカ産のボア・ゴートという種類。あっちにいるのは白いヨーロッパ産のデイリー・ゴート。この二種類は、ぜんぜん違う鳴き声で鳴いて、話し方が全然違うんだよ。まあ、ヤギの言葉が分かるようになってくるようじゃ、僕らもかなり危ないかもね。あははは。」
 「そうね、一緒の囲いに入れておいても、喧嘩こそしないけど、違う種類のヤギはあまり打ち解けないし、仲間に入れないわね」と、カースティも言いました。
 ヤギも人間並みに「多言語」なのだと知って、僕は、唖然としました。その上、「ヤギ種差別」までするとは! でも、鳥の鳴き声にも「方言」があると聞いたことがあるので、きっと本当なのでしょう。

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ボア種(南アフリカ産)の雄。牛みたいにでかい。

 その他にも、ヤギについて、いろいろなことを教わりました。例えば、
  ヤギは、一年で成人する。寿命は12年くらい。
  一年に一回発情し、 1、2匹の子ヤギを生む。
  子どもを産んだヤギは、その後の2、3年は乳を出し続け、多ければ一日7リットル(!)も乳を出す。
  雌ヤギは、体も小型で優しいが、雄ヤギは体も大きくて気性が荒いものもあり、体臭もかなりの「ヤギ臭」。(雌は、それほど臭わない。) 
 ヤギは、牧草や干し草を食べるが、新鮮でないと好きじゃない。
 くだものや野菜も好きだが、固かったり、青かったりすると欲しがらない。
 木の皮が大好きで、木を枯らすこともある。
 椿の葉っぱを食べると中毒を起こす。
 一匹だけで飼うと寂しがる。
 一つの囲いでたくさん飼うと、伝染病などにかかりやすい。
 教えれば、荷車を引ける。
 昔は、よくヤギの貸し借りをしたが(スタマティス!)、食べ過ぎておなかをこわしたり、病気をもらってきたりするので、今はあまりしない。
 などなど。

雄ヤギは、ミートソースに!

 カースティは、主に雌ヤギを育てていて、雄ヤギは生まれても、6週間から6ヶ月の間に「肉用」として出荷してしまうそうでした。
 「雄は、かわいそうですねえ...」と、ため息をつくと、「あらあ、でも、ヤギの肉って、柔らかくてとても美味しいのよ! ほら、この雄のチビちゃんも発育が良くないから、来週はひき肉になる予定。でも、うちの子どもたちは、スパゲティのミートソースにするんだって今から楽しみにしているの、うふふ!」と、カースティもうれしそうに言うのでした。(「かわいそうに」なんて言うのは、食べ物を自給できない軟弱者の言うことなのかも!)
 「じゃあ、ペットじゃないから、名前なんてつけないんですよね?」と、尋ねました。「あら、名前があるヤギもいるのよ。このヤギは、ジョージーナ、あれは、ローラ。長く飼っていると名前を付けるわね。でも、ほとんどのはK5とか、J3とか、記号で呼ぶわ。でも、それでも愛情をかけてないってわけじゃないのよ。みんな、すごくかわいいの!」
 そういうことをうれしそうに話すカースティーも、どこかヤギ的な顔立ちのオーストラリア美人なのです。

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これは種つけ用の雄なので、ひき肉にはなりません。広い囲いで悠々自適。

 50エーカーの農場に、牛と羊が数頭、その上にヤギが60頭、ニワトリが30羽。加えて、飼い犬と猫。それに育ち盛りの子どもが4人(男三人、女一人)。オーストラリアでは、5人、6人などの子だくさん一家は珍しくありませんが、これだけ食わせる口があるとは恐れ入った。しかも、自給自足とは!

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干し草も自分の農場で刈り取ったもの

 しかし、逆に言うと、これだけ「家族」が多ければ、寂しいなんて感じる間もないのかもしれません。開き直って生きるのみ。あのスタマティスだって、一頭だけでなくて、思い切って十頭くらいヤギを飼っていたら、人生がもっと明るくなったかも。
 僕も、ヤギを見ていたら情が移り、帰り際にもう少しで「一頭分けてください」と、言いそうになりました。でも、丸坊主になったうちの庭や畑を想像して、ぐっと我慢。

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トラクターを運転したい鈴吾郎

 鈴吾郎は、「パパ、いつになったら、うちもあれくらい広い家に引っ越すの?」と、言いました。「あはは、いつかなあ…」僕は言葉を濁しました。けれど、心の中で思いました。「いつか分からないけど、俺もヤギを飼えるような土地に住むぞ」って! 
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2010年01月26日

オーストラリアの夏休みと、空間意識、時間意識

オーストラリアの空間意

日本人の伝統的な空間意識は、狭い空間を有効に生かすことにあるかもしれません。寺院の庭園、茶室、床の間などには、その特色が生きているでしょう。私は、昨年自動車を新調したのですが(中古です)、トヨタの小型車で、車体は大きくないのに車内が意外に広いのにびっくりしました。その上、小物入れがあちこちに7カ所もついていて、空間を無駄にしないデザインに感心しました。(お陰で、どこに何を入れたか、すぐ分からなくなりますが。)

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メルボルンから300キロ、田舎の風景

 私は、オーストラリアに15年近く住んでいても、まだ日本的感覚を持ち合わせているので、こういうのを見ると「便利だなー、さすがトヨタ!」と思います。でも、オーストラリアの友人たちは、こういう小技には関心を示しません。それより、「こんな小さい車で不便だろ?」、「馬力もないだろう?」などと、近所のお父さんたちには見下されています。
私が暮らしているような田舎のオーストラリア人の空間に対する感覚は、「狭けりゃ、広げればいいじゃないか」という感じです。家の敷地だって、日本の平均的な家の何倍、何十倍もあります。(我が家は600坪ですが、これだって、わが町ベルグレーブでは広い方ではありません。1エーカー、3エーカー、20エーカーなどざらです。)それで、家が狭くなれば、敷地に車庫や物置だって、ばんばん建て増してしまいます。日本の家屋のように、家のあちこちに収納の棚が吊ってあったり、引き出しがこまめに作り付けてある造作はあまり目にしません。

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Orbost, Victoria

 自動車だって、でかくて馬力がなくてはだめです。だから、田舎の人は実用一点張りのピックアップトラック(こちらではユートと言います)、ランドクルーザーのような、でかい四輪駆動(それも古くて重い奴)でなければいけません。また、車の後ろに、馬や、切り株、粗大ゴミなんかを載せて運ぶトレーラーを牽引して走るので馬力も必要です。
 とにかく、ちまちましたことは嫌い。

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オーストラリアの時間意識

 時間の使い方も、空間の使い方に似ています。例えば、ホリデーは、最低一週間です。2週間、3週間という人もざらです。海外旅行となると、せっかくだからと、1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月も珍しくありません。2、3泊の旅行なんて、ホリデーとは呼びません。短期の旅行に、うんとお金をかけるようなことは、まず絶対にしません。
 そういう時間(や、お金)を作るために、オーストラリアの人は、普段は勤勉に働きます。朝はあくまで早く、夕方はあくまで早めに仕事を切り上げます。製造業、建築業の人は、朝はもう6、7時から仕事を始め、3時、4時には、すぱっと切り上げます。有給休暇もしっかりとります。(取らないと、上司や組合から叱られる。)仕事上の飲み会や、夜の付き合いも、特殊な仕事でない限り、ありません。こうすることによって、家族と過ごしたり、長期休暇に使う時間を作ります。
 
オーストラリアの夏休み

 夏休みなので、私たち家族も長めの旅行に行ってきました。うちは、いつも仲良しのグローガン家族と一緒に夏休み旅行をします。なぜなら、グローガン家の娘のジャスミンと息子のダーシーが、うちの鼓子(ここ)と鈴吾郎(りんごろう)の同級生だからです。長い旅行だと、子どもが遊び相手がないと退屈するのと、宿代や食費を、複数の家族で分担して軽減するためもあります。

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Pambula Beach, NSW Australia

 今回は、行き帰り合わせて10日間の「つつましい」夏休みでしたが、メルボルンから600キロ離れたパンビュラという海辺に貸別荘を借りて、釣りや海水浴を楽しんできました。貸別荘と言っても、立派な家で、寝室が5部屋あります。海岸までは歩いて300メートル。
 我が家には、フランスからの交換留学生のアリンも滞在しているので、行き帰りの自動車は、人も荷物も満載です。もちろん、小型のトヨタなんか役に立たないので、もう一台持っているステーションワゴンにトレーラーを牽引し、自転車5台、サーフボード4枚、釣具、ビーチチェア、海遊びの道具、電気釜まで持っていきました。

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海辺への町へは、こんなトレーラーや、モーターボート、キャンピングカーを牽引した車のコンボイが連なって、時速100キロで走ります。渋滞がないので、100キロなら一時間強、600キロなら休憩を入れても8時間というような計算です。 
 こういう夏休みは、大人も子どもも、遊ぶことに徹します。朝から晩まで、子どもたちは遊びっ放しの、放し飼い状態。海水浴、釣り、サーフィン、泳ぎ、散歩、自転車乗りなどなど、じっくりします。

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バーベキューをするビルお父さん

 しかし、親の方は、夏休みとは言え、子どもの世話や食事の支度、洗濯なんかも、いつもと同じだけあるので結構疲れます。ふた家族が交代でやっても、10数人分の食事、洗濯の量はいつもの倍以上。お父さんたちも、「仕事に行っている方が楽だなあ」という感じ。でも、お母さんたちは、普段はいないお父さんたちが、子どもの世話から食事まで手伝ってくれるので、かなり楽かもしれません。

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 子どもたちも、四六時中、顔を合わせていると喧嘩だってします。朝から晩まで、子どもたちがギャーギャーわめく中で暮らしていたら、僕は耳が痛くなりました。レンガ/石壁作り職人であるグローガン家のお父さんのビルも、休暇の最後の頃は、「ああ、仕事に戻るのが楽しみだぜ!」と言っていました。(全く同感!)

オーストラリアの庶民的夏休みとは、こんな感じです。

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トレーラーに荷物を積むビル

 
posted by てったくん at 07:07| Comment(0) | TrackBack(0) | オーストラリアの人

2009年11月20日

薪割りの極意

薪割りには道具が必要です。斧やノコギリやチェーンソー、それに、薪を載せる「馬」も必要です。しかし、薪割りは道具がするものでなく、人がするものです。だから、道具以上に、薪割りのための心が必要なのです。

まず道具ですが、薪割りには、刃が薄くて、刃物のように鋭い斧は使いません。これは、立ち木を切り倒すためのものです。薪割りに一番必要なのは、英語でwood splitterと呼ばれる、重たくて四角い、鈍い刃が付いた斧です。僕が使っているのは、刃が500グラムのもので、1メートルくらいの木の柄が付いています。これを「えいっ!」と振り下ろすと、刃先に何トンもの力が集中し、その力で薪がバリンと割れるのです。薄い尖った斧を振り下ろしても、丸太に刺さるだけで、割ることはできません。
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丸太から小枝を落とすには、ノコギリか短い手斧が便利です。ただ短い手斧は、振り回すと、自分の太ももを切ったりするので大変危険です。

では道具がそろえば薪割りができるかと言うと、そうではありません。やたらに斧を振り回しても薪は割れてくれないからです。薪割りには道具に慣れること、さらには、脇割りの心を会得することかもしれません。僕にそんな薪割りの極意を伝授してくれたのは、我が友マーティンです。マーティンは、メルボルン以東に広がるギップスランドの農場で子ども時代から農家の庭仕事をしてきたので、薪割りも得意です。彼は一抱えもあるレッドガムというユーカリの切り株でも、たちどころに割ってしまいます。

「切り株は、上から見ると丸い年輪が見えるけど、横から見ると、幹の中を縦に筋が走っているのが見えるだろ。この筋の流れを読むことが薪割りのこつだ。」最初に薪割りのレッスンをしてくれたとき、マーティンはこう言いました。「この筋は、木の中に流れる川だよ。この川は上に登って流れるながら、樹木に必要な養分を運ぶんだ。幹を輪切りにすると、それが年齢として見える。この筋の流れにそって斧の刃先を叩き込む。すると、切り株は難なく割れる。」
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なるほど、マーティンがやると、直径80センチ、厚さ50センチ、重さ50キロほどのレッドガム(ユーカリ樹)の切り株が、ばんばん割れます。最初の頃は、僕がやっても「ポン!」と乾いた音がして、斧が跳ね返されるだけでした。しかし、それから数年、僕も大分上手になりました。マーティンほどではないですが、大きな切り株も割ることができます。手に負えないときは、端から削り取るようにして割る方法も覚えました。

でも、そういったテクニックだけでなく、薪割りには「気」も大いに関係していることもやがて分かりました。気が散っているとき、イライラしているとき、急いでいるときは、全然割れてくれません。気持ちを落ち着け、みぞおちの辺りの「丹田」と言われる場所に神経を集中し、呼吸が落ち着いてきたら、今度は斧先に気持ちを集中し、一気に振り下ろします。振り下ろすときには、斧と一緒に腰を地面に向かって少し落とします。こうやって、斧が薪の芯にあたると、気持ちよく「スカン!」と割れるのです。最初は、この集中力がなかなか続きませんでしたが、慣れてくると、それほど筋肉は使わず、斧の重力で割れるようになります。

割るには斧を使いますが、長い木の丸太を輪切りにするには、動力式チェーンソーが必要です。僕は、電気モーターのを一台つぶし、新たにエンジン式のものを買いました。エンジン式はどこへでも持ち運びができるのと、力がずっと強いからやはり便利です。

チェーンソーの使い方にもこつがあります。まず安全のために、作業靴、皮の手袋をはめて作業します。2サイクルエンジンは音もうるさいので、耳当てもします。エンジンをかけ、暖まったら、いよいよ切ります。チェーンソーの刃はただ押し付けるのでなく、振り子のように前後に振りながら木に当てて、体重はかけずに、刃のまわる勢いと、チェーンソーの重さ(重力)だけで切ります。だから、刃は常に研いでおく必要があります(武士が、刀を常に手入れしておくのと同じ)。それには、丸形の細いヤスリを使います。

「刃が鋭いと、バターを切るみたいに切れるだろ」と、マーティンは言いました。その通り、刃を研ぎたてだと気持ち通いくらい良く切れます。逆に、刃が鈍っていると、チェーンソーは回転するだけでちっとも切れません。そのうちエンジンが焼き切れてしまいます。
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丸太は「馬」に載せて切ると、屈まなくて良いので腰に負担がかかりません。馬に乗せられないような重い木は、別の丸太に載せて切ります。直接地面に置いて切ると、チェーンソーが地面の土や石に触れて歯を痛めてしまいます。

でも、本当を言うと、僕は騒がしいチェーンソーはあまり好きではありません。必要だから使っているだけです。(関係ないですが、安いエンジン式チェーンソーなら、iPodやケータイを買うくらいの値段で買えます。でも、僕はどちらも必要がないから持っていません。)

だから、ノコギリで切れる太さの丸太は、ノコギリで切ります。直径20センチくらいの丸太くらいなら、ノコギリで切ってしまいます。こんなことを毎日やっているから、お陰で腕が太くなりました。今では、体重20キロ近い息子を片手で、それも左手で持ち上げることもできます(僕は右利き)。でも、いっぺんにたくさん切るとさすがに腕がだるくなるので、長いことパソコンの前に座っていて血行が悪くなったときなどに、時々、運動がてらにノコギリを挽くようにしています。

メルボルンの11月はもう夏です。気温が30度以上に上がる日もあります。そろそろブッシュファイヤー(山火事)の季節です。昨年は、1月から2月にかけて、ヴィクトリア州を広範囲の山火事が襲い、何千軒もの家が焼け、200名が亡くなり、田舎町がいくつか消滅しました。特に2009年2月7日の被害がひどく、この日を「ブラックサタデー」と呼びます。
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だから我が家でも、夏の間は、家の周りの薪を火事になって火の粉が飛んできても大丈夫な場所に移動させなければなりません。うちの場合、それは日陰になっている裏庭のすみと、空き家になっているニワトリ小屋の軒下です。

他にも暑くて乾いた夏に備えて、たくさんすることがあります。この時期の僕は、一日の机仕事が終わるや否や、作業着に着替えて外仕事をします。すると、それまでレゴかなんかやっていた7才の息子の鈴吾郎も、「パパ、何してんの?」と言いながら家から飛び出してきて、作業を手伝ってくれます(面白そうな仕事なら…ですが)。父親がノコギリや、斧や、スコップや、草刈り機や、大きな剪定ばさみを持ってうろうろしているのを見ると、男の子の血が騒ぐようなのです。こういうときは、子どもの遊びは、模倣から始まるのだと分かります。この息子も、あと数年したら、薪割りができるくらい大きくなるのでしょうか。

では、大人にとっての遊びとは何なのでしょうか? 薪割りは遊びでしょうか、仕事でしょうか? 僕には、その両方であるように思えます。無心になって薪を割っているとき、気持ちよくパカンと割れたとき、僕は7才の子どものような喜びを感じます。

そんな喜びのために、薪割りを日課にしているのかもしれません。
posted by てったくん at 13:48| Comment(0) | TrackBack(0) | オーストラリアの人