2014年06月04日

「石井桃子さんのお握り」の真相

2014年6月2日

メルボルンの6月は、もう冬だ。


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冷たい雨に濡れながらポストから郵便を取り出したら、日本から『石井桃子のことば』(中川李枝子、松居直、若菜晃子ほか著、新潮社)が送られてきていた。

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さっそく開いてみる。写真がたくさんあって、どこを見ても楽しい本だ。若い頃の石井桃子さんが、とても素敵だ。それに中川李枝子さんや松居直さんなど、石井桃子さんに縁のあった人たちの文章や談話がたくさん載っていて、子どもの本の研究をする人には資料価値も高いだろう。僕の父(子どもの本の作家だった渡辺茂男)が石井桃子さんと懇意にしていたおかげで、僕にも懐かしい人たちや作家がたくさん出てくる。この本をいただいたのは、『ぐりとぐら』の著者である中川李枝子さんの文章が載っているページの写真を、僕が出版社に貸したからだ。その写真とは、中川さん一家(ご主人の宗弥氏とご子息の画太さん)と石井桃子さん、そして我が家の全員(父、母、弟光哉と僕)が一緒に、僕の実家の近くの多摩丘陵を野歩きしている写真だ。1966、7年頃の写真である。

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多摩丘陵 1966年頃。石井桃子さん、中川李枝子さん、父茂男、弟光哉、白帽子の僕、母一江 (父の後は中川画太さん)


この本を読んでいたら、ぜひ、書いておかなければいけないことがあることを思い出した。それは、石井桃子さんのお握りのことだ。

ことの起こりはこうだ。昨2013年秋、東京子ども図書館の機関誌である『こどもととしょかん』(138号)に僕の一文「石井桃子さんのお握り」を掲載していただいた。短い文だからもう一度以下に掲載する。


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「子ども時代、父(渡辺茂男)の先輩作家であった石井桃子さんには、よくお会いした。石井さんは、僕がおどけたことをすると、細い手を口に当てて、「おほほほ!」と笑うのだった。そうすると僕は、父に「調子に乗るな!」と叱られたものだ。

我が家がロンドンにいた時は、石井さんがうちに滞在した。かなり恥ずかしい思い出だが、シティかどこかへ行くと言った石井さんに、小学四年の僕は、「じゃあ、英語の通訳してあげようか?」と偉そうにいったのだった。石井さんは、また「おほほほ!」と笑い、「じゃあ、てったちゃんにお願いしようか!」と言った。父には「英語の達人に、何て失礼な!」と怒られた。

ほろっとするのは、お握りのこと。高二の夏、友人T君と信州を自転車旅行し、追分の石井さんの山荘に泊めて頂いた。石井さんは、真っ黒に日焼けした僕たちに、「元気そうね!毎日何を食べてるの?」と尋ねた。僕が、「ラーメンとか、カツ丼!」と答えると、石井さんは体を二つに折って、「おほほほ!」と、笑いが止まらなかった。

その晩は、ゆっくりお風呂に浸かり、きれいな布団で寝かして頂いた。翌朝出がけに石井さんが、「ラーメンにカツ丼じゃあねえ」と言い、ずっしり重いお握りを持たしてくれた。

僕とT君は、そのお握りを千曲川の河原で食べた。それは直径が15センチ位あって、万力で締めたように固かった。あの大きなお握りのことはたまに思い出すが、石井さんは、あんなでっかいのを、どうやってあんな固く握ったんだろ?」

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嘘ではない。本当の話である。

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石井さんの別荘の前と軽井沢で


今年2014年3月、 石井桃子さんのお宅であった「かつら文庫」(東京子ども図書館の分館)が新装オープンした。僕は、それに合わせて帰国し、それにちなんで、石井桃子さんと父茂男の交流について話をする機会を頂いた。(父の蔵書の主だったものを東京子ども図書館に寄贈させて頂いたということもあったので。父の蔵書は現在かつら文庫に展示されている。)。

講演会当日、 杉並の会場には、光栄にも松岡亨子さん、中川李枝子さんといった児童文学者もお出でになっていた。僕は、子ども時代のエピソードを交えつつ、このお握りのことも含めて話をした。

僕の話が終わると、質問やコメントの時間になった。すると、中川さんが、さっと手を挙げてマイクを持った。そして一言。

「鉄太さん、あの石井先生のお握りの話なんだけど、あれは本当は私が握ったのよ。覚えてない? 石井先生は6人兄弟の末っ子で、大事に育てられたから、お握りなんて握れないの。それで、あんたが高校生の時、サイクリング旅行で石井先生の別荘に泊まるって言うから、あんたのご両親に頼まれて、私がお世話する為に、追分までわざわざ出掛けて行って一緒に泊まったのよ。忘れたの? それどころか、あなたのお友達(T君)とあなたと一緒の部屋に寝たのよ。」

それを聞いて、僕の頭の中は真っ白になった。石井さんが握ったとばかり思っていたお握りが、実は中川李枝子さんが握ったお握りだったとは! 僕は、何てことを書いてしまったのだ!

会場は笑いの渦になった。こんなアホな勘違いが、公衆の面前であばかれることも、そうないだろう。

すると、自分でも驚いたのだが、40年近く前の記憶が、脳裏の奥底からするすると蘇ってきたのだ。そうだ、あの時石井桃子さんのお宅に、もう一人おばさんがいたっけ! それどころか、 そのおばさんが僕らと枕を並べて寝ると聞いて、 僕は「参ったなあ、こりゃあ!」と思ったことさえ思い出した。まさか、あれが中川さんだったとは!

中川李枝子さん、ごめんなさい!

しかし、それで、あのお握りの謎がすっかり解けた。あんなにでかくて(直径15センチ)、しっかり中まで固いお握りを、あの可憐な石井桃子さんが握れたはずがないのだ。そうだ、中川さんなら納得できる。中川さんが可憐じゃない、なんて言っている訳じゃありません! あのお握りが、『ぐりとぐら』に登場する、森の中のでっかい卵みたいだったから。

お握りの謎が解けたので、僕は、講演会のさらし者にされながらも、まんざら悪い気ではなかった。中川さんご自身も、別に腹を立てている風でもなかったし。(ですよね?) 横では、松岡亨子さんもニコニコ笑っていた。

というのが、石井桃子さんのお握りの真相だ。でも、そのおかげで、僕はいよいよあのお握りを食べた思い出を懐かしく思い出すようになった。石井さんのお握りでも、中川さんのお握りでも、どちらでもいいではないか。どちらにせよ、見たことないほど、でっかい、固いお握りだったのだから。

付け加えると、 「大発言」の後、 中川李枝子さんが言い加えたことが良かった。(きっと、僕をいじめすぎたと思われたのだろう。)

「あのとき、あなたと一緒にサイクリングをしていらした青年ね、あの方はどうなさってるの? とても感じの良い方だったわね。」

僕は、答えた。
「ありがとうございます。はい、あの者は中学時代の親友で、Tといいます。彼は、今は台所用品の会社のサラリーマンで、とても真面目な社会人になっております。」

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トノムラと僕  1977年頃、信州サイクリングに出発の朝


Tくんの本名は、「トノムラ・アツシ」と言う。きっとトノムラは、昔ごちそうになったお握りに、そんな裏話があるともちっとも知らず、今日も台所用品を売っているのだろう。(おい、トノムラ、元気か?)

人生には、思いがけない裏があるってことかもしれない。
posted by てったくん at 09:24| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
静岡の濱野と申します。
 『きえたりんご』が欲しくても絶版で、古本でもいいから手に入らないかとさがしてもどこにもなく、検索方法を変えたら、渡辺茂男さんのHPに行き着き、鉄太さんのこの記事にたどり着きました。
 今年の3月の杉並区立図書館での講演会の聴衆のひとりで、お握りの話を微笑ましく聞かせていただいた者です。記事を拝読してつい懐かしくてコメントを書かせていただきました。
今年の10月には静岡市立中央図書館の「子どもの本を学ぶ講座」にもお越しいただけるとのことで、楽しみにしています。
今、静岡県立中央図書館で、「THE WORLD THROUGH PICTURE BOOKS」 絵本で知る世界の国々ーIFLAからのおくりもの と題して巡回展示をしており、そのお手伝いで週末4回レクチャーを担当しておりますが、そこで展示されているスウェーデンの本10冊のうち5冊が邦訳されていて、その1冊が『きえたりんご』だったという次第です。
 子どもたちに紹介したいいい本も今回も何冊か絶版で、古本で見つけても、望外な金額(今回の韓国の1冊は49800円でした。)で、これまでもどうしても・・・の本は奮発して買いましたが、さすがにこの金額は手が出ません。
3月の講演会後、御父上や鉄太さん、奥様の描かれた本も何冊か我が家の蔵書に加えました。
 これからも子どもたちと楽しめる本をたくさん出してください。楽しみにしています。
Posted by 濱野 恵子 at 2014年06月22日 03:54
楽しいお話でした(=^ェ^=)
Posted by みっきい♪ at 2014年07月04日 22:59
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