
有袋類ポッサム
ポッサムとは、オーストラリアにたくさん住む有袋類の動物です。(北米の「オポッサム」とは違います。)僕が暮らすメルボルンのあたりには、ブラッシュテイル・ポッサムと言う、しっぽがふさふさした猫くらいの大きさのやつと、リングテイル・ポッサムという、もう少し小さいしっぽがくるくるまるまったやつがたくさんいます。その両方とも我が家の木に暮らしていています。彼ら/彼女らは夜行性ですから、真夜中に木から屋根に「どかん!」と飛び降りてきて活動開始、「どす、どす、どす」と走り回ったりします(うちはトタン屋根だからすごく響く)。それからレモンの木からレモンをとって皮だけ食べて捨てたり、自動車の屋根の上にウンチをぽろぽろまき散らしたりします。かわいいのですが、いたずらものです。
ポッサムとの触れ合い
ダンデノン山でもう10年も暮らしていますから、ポッサムとはいろいろな出会いがあります。引っ越した当初は、人懐っこいブラッシュテイル・ポッサムが毎晩、居間の窓の外に来ては、食べ物をねだりました。ある暑い夏の昼間には、小さなリングテイル・ポッサムが家族の見ている前で木から降りてきたと思ったら、目の前でころんと倒れて、絶命したこともあります。


あるときは、妻のチャコの絵描きスタジオの机の下で、大きなブラッシュテイルが死んでいたこともあります。その時は、死んでいるのを知らなくて、だんだんスタジオが臭くなってきたので、机の下を掃除したら、死んでいたのです。死んでから10日はたっていたでしょうか、もうかなり「熟成」が進んでいました。チャコは、「うえええ、お願いだから、捨ててきて!」と、訴えました。こういう仕事は、なぜか僕の仕事です。
腐ったポッサム
2年前には、やはり大きなブラッシュテイルが、雨樋のパイプのL字に曲がった角につまって死んでいたこともあります。ポッサムは、水を飲もうとして、雨樋パイプに潜りこんだのでしょうか。この時は、雨水が流れずに逆流してきたので分かりました。最初は雨樋に何がつまっているのか分からなくて、棒やらホースやら突っ込んでつまりを通そうとしたら、腐ったポッサムの毛やら肉やらがずるりと出てきて、さすがの僕も吐きそうになりながら、雨樋を全部外して掃除しました。あのときは、まいりました。
歴史は繰り返す
今度は、その全く同じ雨樋の、しかも全く同じ場所から、違うポッサムを、2週続けて助けたのでした。ちょうど昨夏の今頃でした。
あれは確か12月初旬、夏の山火事シーズンになったので、雨樋にたまった落ち葉を片付けていたのです。山火事のとき、灰が空から降ってくると、屋根の落ち葉に燃え移り、それで家が燃えることがあるのです。その時は、落ち葉を片付けた後に、2、3日して雨が降りました。すると、掃除したばかりなのに、また雨樋が詰まって水が逆流したのです。僕は、「変だなあ」と思って、しかも、前の年に腐ったポッサムを取り出したことを思い出し、嫌な予感がしました。そして、例の雨樋を点検すると、案の定、何か重たいものがパイプの角のところにびっしり詰まっているのです。

「えっ! またポッサムが詰まったの?」腐ったポッサムの悪臭が蘇り、僕は、「いやんなっちゃうなあ…」と、泣きたくなりました。しかも、雨樋の上の口には、もうこれ以上ポッサムが落ちないように、金網でしっかりふたをしたつもりでした。ところが、屋根に上がってみると、金網は風か何かで外れてしまっていたのです。そこに、また間抜けなポッサムが落ちたとは!
「この雨樋は、ポッサムには鬼門に違いない。きっとポッサム地獄の雨樋だ!」僕は、そう思いました。それからまた腐ったポッサムを取り出すべく、精神統一し、心を無にして深呼吸をし、それでもタオルでマスクをして悪臭をかがないようにパイプを外しにかかりました。すると、中から「ピー」とか「キー」とか声がして、ごそごそ動く気配がするのです。僕は、死んだポッサムを見たときよりもドキッとしました。気を失っていたか、観念していたポッサムが、息を吹き返したのでしょう。
「うー、こいつ生きてる!」僕は、驚愕しました。横で見ていた息子の鈴吾郎も、「えっ、本当、生きてるの!?うわあ、すごい!」と喜んでいます。少なくとも、このポッサムは落ちてから2、3日はパイプに詰まったまま過ごしているはずです。しかも最後の一日は雨が降ったから、垂直パイプの中で逆さまになり、滝のように落ちてくる水をお尻で受けながら耐えていたことになります。どんなにか辛かったことでしょう!
「なんという根性のあるポッサムだ!」僕は、今度はレスキュー隊員に変身し、急いでパイプを外しました。(耳の中では、なぜかウルトラセブンのテーマソングが流れ出しました。)ところが、よほどでかいポッサムなのか、なかなかパイプの継ぎ目が外れません。あまり強く引っ張って、ポッサムの首を折ったりしては大変です。力を入れつつも、そーっと、引っ張りました。すると、パイプのジョイント部から見えました、黒くてでっかくて、ずぶぬれになった奴が。
「キー、キー!」そいつは、図体の割には情けない声で鳴いています。2日も閉じ込められていて、さすがに体力を消耗したのでしょう。「がんばれ、もうすぐだ!」、僕は力を入れてひっぱりました。鈴吾郎も、「がんばれ、がんばれ!」と叫んでいます。
濡れて、臭いポッサム
ついにパイプが外れ、そいつの顔と上半身が現れました。濡れたポッサムは、情けない顔をしています。まだ下半身を雨樋に入れたまま、宙づりになっています。「よおおし、今助けるぞ」僕は、叫びました。ところが、このポッサムは、下半身がとても太っているので、パイプからなかなか抜けません。その上濡れたポッサムは滑る上に、かなり強い「ケモノ臭」を発していて、生暖かく、何とも気色悪いのです。それに、ポッサムは木登りをする動物なので、前足には鋭い爪が生えていて、うっかり引っ掻かれたらけがをします。だから、僕はあらゆる意味であまりポッサムに触りたくなかったのですが、まさか宙づりのポッサムを見捨てる訳にもいかず、及び腰になりながらも、ポッサムの胴の辺りを引っ掴んで、「こんちくしょー!」と叫んで引っ張ったのです。
するとポッサムは、ずるんと雨樋から抜けて、下においてあったバケツのなかに、「べちゃん!」と音をたてて落ちたのです。僕は、尻餅をついてしまいました。一部始終を見ていた鈴吾郎は「アハハハハ!」と、腹を抱えて大笑いです。
ポッサムは、数秒バケツの中で放心したような顔をしていましたが、助かったと分かると、猛烈な勢いでバケツから飛び出し、近くの木に駆けのぼってしまいました。せっかく助けたのに、「ありがとう」の一言もなく。僕は、緊張がとけて、へたりこんでしまいました。
歴史は何度でも繰り返す
ところが、そのちょうど一週間後、またポッサムが、あの「ポッサム地獄の雨樋」に落ちたのです。発見したのは娘の鼓子です。
「何か、あの雨樋のパイプからまたぴーぴー声がするみたいなんだけど…」と、パソコンの前に座っていた僕に鼓子が言いにきました。
「アハハ、冗談はやめてよ」と僕は言いました。しかし、鼓子は、そういうたちの悪い冗談はあまり言いません。その上、まじめな顔をして僕の顔をじっと見つめているのです。僕は、「ポッサムがいくら間抜けでも、また落ちるなんて、そんなことあり得るかなあ、なんか別の生き物じゃないの?猫とか。」と、言いました。でも鼓子が、「何でもいいから、見てきてよ、死んだらパパのせいだよ」と言うので、僕はしぶしぶ地獄雨樋に耳をつけました。
すると確かに、「ピー、ピー」と、声がし、中からごそごそ音がします。
「ああ、まただ、やれやれ。」僕は、いやいやレスキュー隊になり、雨樋をもう一度外しにかかりました。2度あることは3度あると言うのは事実らしく、金網は、またもや外れてしまったようです(後は、前と全く同じなので繰り返しませんが、三度目に落ちたのは、かわいいリングテイル・ポッサムでした。助けると、大きな目をぐりぐり回し、やはり脱兎の勢いで、逃げて行きました。)
もう二度と、ポッサムが落ちないように、「地獄雨樋」には、今度こそ、しっかりと金網をしました。

どんな動物も死ぬば腐る
オーストラリアにいると、こんな「動物との出会い」がしょっちゅうあります。僕は、その後、近所の仲間たちとバーベキューをする機会があったので、ビールの肴にさっそくこの「ポッサム騒動」を話しました。すると、笑いながら話を聞いていたイアンというおとっつぁんが、「お前さんよ、腐ったポッサムくらいで慌てちゃいけねえっての。昔、おいらが家族でキャンプに行って川べりにテントを張ったら、川上から死んだ牛が流れてきてよ、臭えのなんのって。でも、棒で押し返そうたって、重たくて動かねえ…」と、話しました。うげええ、気持ち悪い!
オーストラリアに住んでいると、限りなくこういうエピソードで盛り上がれちゃうのです。
(木の上のポッサムの写真は、正保春彦氏撮影)