2018年08月24日

「調布化」していく私

2018年8月22日

用事ができたので、冬のメルボルンから日航の直行便で飛んで、8月の日本で3週間過ごした。滞在は都下は調布市、いつもお世話になるM城さん宅である。M城さんは古い友人で、彼は単身赴任の身だから、それを良いことにエアビー代わりにお宅を使わせてもらっている。M城さんによると、彼の奥さんより私の滞在の方が、頻度も多く期間も長いらしいというから恐縮してしまう。もはや日本に実家もない「孤児」の私には、彼の親切は本当にありがたい。

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帰国に際し、東京では、仕事(絵本の出版)がどかどか入り、毎日のように昼前ごろから出かけて都内で誰かとランチを取り、午後は打ち合わせや講演会、夜も誰かと食事をしつつ仕事の顔つなぎという日々だった。冬のメルボルンから酷暑の東京は、かなり堪えた。普段は、メルボルンで静かな暮らしなので、東京の雑踏を歩くのにも神経を使う。

そんなだから、仕事の合間に調布のM城さん宅でのんびり過ごすひとときは、癒しの時間だった。過去に私は、調布という場所についてずいぶん手厳しいことも書いたが、実はこの町に愛着を感じてきているからこそであって、決して本当にひどいところだと思っているのではない。長くいればいるほど、調布に愛着を感じる自分を否定できなくなってきている。年に2度は帰国し、合計1ヶ月くらい調布で過ごしているから、一年の12分の1は調布在住であり、だから、私自身も12分の1は「調布化」してきていると言っても過言ではない。

以下に調布の良いところを列挙する。

1. 京王線の特急で新宿からたった15分。
2. 駅前には、成城石井やパルコといった高級店もあるが、庶民的な西友ストアもある。
3. 庶民のための安い床屋や食堂、飲み屋やマッサージ店などが多数ある。
4. 老人や年金生活者が好む、天神様や深大寺植物公園、野川沿いの散歩道といったナイススポットが多い。
5. 公園や多摩川の河原のような緑地が多く、老人や子供、一般市民の健康増進に貢献している。
6. 公園や市民体育館では、老人や年金生活者が気軽に利用できる体操教室やラジオ体操などが常に開催されている。図書館も、充実していて、町の随所には分館がある。
7. 調布飛行場からは、伊豆大島まで飛行機でたった25分で行けてしまう。

他にもたくさん利点はあるが、キリがないのでここらでやめておく。以下で、これらの利点について少しコメントしてみたい。


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まず、京王線で新宿から15分で、しかもこの環境というのがすばらしい。例えば中央線で15分というと、阿佐ヶ谷、高円寺、西荻窪といったまだごみごみした地域を出ない。しかし、調布はすでに空が広がり、多摩川べりの緑が豊かな自然に恵まれている(まあ、田舎ということですが)。また中央線で新宿から西に向かう15分間と言えば、吉祥寺に繰り出すいかれポンチの若者や、田舎からきた騒々しい観光客が多くて剣呑だが、京王線の15分にはそうした俗人が少ないので、実に穏やか、静謐といっても良い(だって、京王線沿いには盛り場がないもの!)。

第2点だが、私は日本に滞在しているときは、仕方がないとき以外はなるべく都心に出ないようにしている。人混みが嫌いだからだ。しかし、都心に出なくとも、調布で大概の用事は済んでしまう。私に会う用事のある人が調布まで来てくれれば、私は調布から出る必要がないくらいだが、私はそこまで偉くないので人に会いに都心に出なくてはならない。買い物も調布で不便は一切なく、美味しそうなお惣菜や刺身なども、成城石井やパルコのデパ地下に並んでいて、私はそこを一巡するのが無常の楽しみだ。しかし、そういう高級店では目の保養をするだけで、実際に買うのは西友だ。この方策は、調布生活が長い、賢者のM城さんに教わった。パルコは見るだけ、買うのは西友。

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庶民の味方、調布西友は、80年代と思うばかりの外装と内装

西友は、刺身でも何でも驚くほど安い。20、30%引きのお買い得品も実に豊富だ。割引商品がまとめて置いてあるコーナーさえある。特に夕方は、年金生活者の先輩方が、タカのような鋭い目つきで、納豆や豆腐やお弁当が、少しでも安くなる瞬間を待っている。割引シールを持って登場した店員に対して年金生活者たちは、「おい、こっちのうなぎ弁当にも貼ってくれよ」などと指図したりもしている。店員も、そういう指図には慣れていて、「いやあ、うなぎ弁当は勘弁してくださいよ」などと、実にフランクに対応している。私も、そういった先輩方に混じって、刺身5点盛り780円がさらに20%引きになるのを待ち、トランプの神経衰弱のように割引商品を奪い取る技を西友で磨いている。

もう一つ、私が調布化している証拠の一つに、馴染みの床屋ができたことがある。いつも行くのは、Sという甲州街道沿いの1000円床屋だ。ここはなかなか繁盛していて、今回も帰国早々、10時の開店時に行ったが、すでに銀髪の紳士たちがずらっと並んでいた。マスターが一人でやっているから、そうなるとじっくりと腰を据えて待たないと順番が回ってこない。仕方なくパルコの中の10分1000円のチェーン店のQに行くが、ここも年金生活者だけでなく、リストラ間近のサラリーマンなども並んでいるから、待っている間に老人になってしまう。老人や庶民が多い調布で床屋に行くには、熾烈な生存競争を乗り越えなければならない。

今回も、そんなで、なかなか散髪ができないから、ぐるっと駅の周りを偵察してくると、少し値段の高い床屋もあるが、そういうところは庶民は来ないから空いている。しかし、私も薄くなってきた頭髪を整えるだけのために何千円も払うのは癪だから入らない。そこで、こんどは思い切って、いつものSへ開店30分前に向かってみた。すると、すでにヨタヨタ歩きの老人が2、3人、Sに向かって移動している。素早く彼らを追い抜いてSまで行ってみると、驚いたことに、もう白髪翁が一人待っている。私はすかさず二番手に並んだ。追い抜いてきた老人たちも、すぐに私の後に並んだ。全く油断ができない。その時は、あまり待たずに刈ってもらえた。このSは、1000円にしては仕事が丁寧で、30分ほどかけてじっくり刈ってくれる。2、3回行ったから、もうマスターは私のことを覚えてくれている。

調布滞在中は、毎朝散歩に行く。現役サラリーマンは調布駅にむかって足早に歩いていくが、老人たちは、それとは逆に、あたかも鮭の遡上のように、多摩川や野川方面にむかって歩いていく。私は、まだ老人ではないが、やはり老人たちに混じって遡上し、野川沿いを歩いたりする。私が世話になっているM城さんは、私よりも若干、心境的にも年齢的にも老人に近いので、さらに深大寺植物公園の向こう側や、三鷹の国立天文台といった奥地まで万歩計をポケットに入れてすたすた歩いていく。調布の野川沿いには調布市場という市場もあり、早朝から新鮮な野菜や、調布飛行場から運ばれてきた伊豆七島のとれたての魚を売っている。またその近くの交差点には、肉屋が三軒もあるのだが、その理由は謎だ。M城さんが、いずれ調布の古老にその訳を尋ねることになっている。

調布飛行場は、広々として気持ちがいい。私は飛行機が大好きで、プロペラのついた飛行機が、のんびりと大空へ舞い上がるのを見ていると恍惚としてしまう。調布飛行場には、そんな風景を眺めるためのカフェもある。まだ乗ったことがないが、ぜひ一度、調布飛行場から大島や三宅島に飛ぶフライトに乗ってみたいものだ。

調布では今回、図書館へも行ってみた。M城さん宅のすぐ裏にある、小さな分館だ。日曜日の朝に、1、2時間ほど仕事の書き物をしに行ったのだが、すでに老人でいっぱいだった。しかも男性ばかりである。この人たちは日曜というのに、他に行くところがないのかと思ったが、よほど読書が好きなのだろうと好意的に考えることにした。その老人たちは、机や椅子を占領し、雑誌や新聞を熟読している。偉いものだと思って、私も席について仕事を始めた。隣の75歳くらいの紳士は、英会話のテキストを広げているから見上げたものだ。そんな年齢になって、外国語を学習するとは尊敬に値する。しかし、しばらくすると、この人は、テキストに顔を突っ伏して、いびきをかきながら眠り始めた。英会話のテキストは、居眠りの導入剤としては最適に違いない。

今回、さらに私の調布体験を深めたのは、耳鼻咽喉科とマッサージ屋へ行ったことだ。耳鼻咽喉科へは、講演会や打ち合わせが続いたせいか、喉の具合がおかしくなったので受信した。すぐに鼻からカメラを入れて喉を診察してくれた医師は、なかなか手際も良かった。私は海外居住者で、日本に住民票がないから、受診料は目の玉が飛び出るほど高い。調布に住民票を入れたら国民保険の適用を受けられるから、そうしようかとも思うが、そうなると住民税を払ったり、確定申告をする必要も出てくるからややこしい。私と、調布の関係は、まだそこまでは深くないから、それは今後の課題だ。

駅前のマッサージ屋へは初めて行った。書店で行われた講演会で喋りまくった翌日、朝起きたらどうしようもない疲れでぐったりしていたら、M城さんが「こんな時は、自分へのご褒美のつもりで、マッサージをやってきたらいいよ」と提案してくれたので、M城さんご贔屓の駅前の店を予約した。私の担当は、カズさんという若いサッカー選手のような施術師で、彼がぐいぐい揉んでくれた。私は、あまりの気持ちよさに恍惚となり、ヨダレを垂れ流しながら眠りこけた。油断して、オシッコを漏らす老人だっているだろう。とにかく、あれだけやってくれて1時間3200円は絶対に安い。店も、新築の駅前ビルにあり、室内も清潔である。癖になりそうだ。

このように、私は調布のリピーターとなり、抜き差しならぬ関係を持つようになってしまった。現に、私の財布は、調布のマッサージ店、床屋、耳鼻咽喉科、飲み屋、食堂などの会員カードで厚みを増している。

さて、次に来るときは、調布でどんな発見があるだろう。とても楽しみだ。

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調布飛行場じゃなくて、成田空港
posted by てったくん at 13:03| 日記