2018年01月29日

四国サイクリング旅行 (その5)

12月2日  サロメチールに救われた夜 
竜串から愛南町まで: 走行距離 67.5キロ、サイクリング6日目

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叶崎から足摺岬を望む

足摺岬の西、竜串のホテル南国。朝5時に起床。布団に横になったまま、全身をチェックする。幸い、臀部左側の痛みは、軽快してきた。昨夜風呂にじっくり入ったのが良かったようだ。しかし、太腿の腫れと、新しく出現したふくらはぎの痛みは、 そう回復してない 。昨日をステージ2とすると、今日はステージ2と3の間という感じで、じわじわ進行している。もう1日くらいは持つかもしれないが、できれば今日は休みたいと信号を送ってくる。

しかし、僕の意識は先へ進め!と言う。大体、竜串で丸一日何をしたらいいのか?民宿の漫画本を読んで1日過ごす?そんなのは嫌である。釣りならいいかもしれない。ここの浜は岩場だから、石鯛、メジナ、グレなどの魚がたくさん泳いでいるに違いない。そうだ、南国ホテルのおばちゃんに聞いて、釣り道具を借りれるなら、1日釣りをしよう。

朝7時、朝ごはん。メインは、トビウオの干物。海辺の民宿はいい。
「おばちゃんさぁ、ここらで釣りできないかな?糸垂れて、何が釣れるかやってみたいんだけど?」
「あれまあ、釣りかや。釣りなら、裏の、船出してくれる人に先に頼んどかなきゃいかんち。」
「釣竿だけ借りれればいいんだけど?」
「けんど、今日言っても、急だから貸してくれるかねえ」
と、心もとない返事だ。ご老人をあまりプッシュしてストレスをかけるのもよくないからヤメた。土佐清水観光案内所の楚々とした彼女に連絡してみることも考えたが、 釣りに詳しいとは思えない。

じゃあ先に行きましょう、という結論になって、出発。南国ホテルさん、お世話になりました!

痛む足をかばい気味に走るが、天気は素晴らしいし、すぐに叶崎という、足摺岬を小さくしたような岬まできた。足摺岬が一望だ。

ここで休憩。崖横のトイレへ行くと、 世界遺産クラスの原始的木造和式トイレだった。しかも、こんな時に限って「大」の方に用事だ。 ヒンズースクワット体勢をとるが、前回も書いように僕は痔が悪いから、この格好が一番いけない。しかも和式は何年振りかだ。足の筋肉痛が辛さに輪をかける。またこのトイレは狭い上、建て付けが悪くて、床が傾いているから、目前にあるトレイタンクの水道パイプにつかまってないと後ろに倒れる。 さらに悪いことに、扉の外のすぐ1メートル先は断崖絶壁だから、つかまってないと扉を突き破り、崖下に転げ落ちる。こんな格好で死にたくない。5分ほどだったが、「闘魂」と呼びたくなるトイレタイムであった。

トレイから出ると野良猫がいた。1、2匹ではない。3、40匹いる。人がトイレに入っている間に集まってきたらしい。ここなら資本ゼロで猫カフェができる。どんな生き物でも、これくらいの群れに囲まれると怖い。昔、娘が赤ちゃんだった頃、町田リス園に行ったことがあるが、餌を持って入園すると、100匹くらいのリス(かなり大きい種類)に囲まれた。娘の乳母車に登ったリスまであったから、妻は、餌を撒き散らすと、乳母車を押して逃げ出してしまった。

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叶崎の猫たち

僕は、実を言うと猫は好きな方だ。でも、叶崎の猫は不気味だった。片目がないもの、足が潰れているもの、体が皮膚病で爛れているものなど、ホラー映画のようだ。栄養不良で、体も小さい。それがたくさんミャーミャー鳴きながらすり寄ってくる。絵本に『100まんびきのねこ』(ワンダ・ガアグ作と絵)という名作があるが、それを実写で撮ったら、こんな感じだろう。

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僕は、後ずさりしながら、バッグから塩煎餅を出す。細かく割って撒くと、数匹が仕方なさそうに食べる。寝酒のつまみにと、ローソンで買っておいた「たらチーズ 百円パック」も開けた。すると、封が開いた瞬間、猫の目が一斉に光った。殺気を感じる。猫たちは包囲を狭める。僕は急いで、たらチーズを細かくちぎり、四方八方にばら撒く。猫どもは 争って食べている。僕は、自転車のハンドルを掴み、脱兎のごとく退散した。叶岬、恐るべし。

さて、とりあえずの目標は、昼が宿毛まで、午後はその先の愛南までだ。愛南から愛媛県に入る。 道はやがて山間に入り、大月という村を通り過ぎる(今調べたら町であるが、どう見ても村だ)。コーヒーが飲みたかったが、ここには、そんなハイカラなものを出す店はない。さっきのトイレと猫のショックで、どうしてもコーヒーを飲まないと立ち直れない気持ちだったし、お腹も空いてきたが、非常食は猫に与えてしまった。

仕方がないから先に進むが、ある長い坂道を登ると、完全に力尽きた。太腿やふくらはぎ、お尻の左側も、ステージ4の末期となり、肉体全部が、細胞の果てまで総ストライキ決行!という状態になった。まだ昼前なのに、重症だ。やはり、今日は竜串で漫画を読んでいるべきだった。
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高知の山の中

泣きたい気持ちで、自転車を押して歩く。すると、ある軒先に自動販売機があった。野中の一軒屋である。多分この家では、この自動販売機が唯一の現金収入で、あとは自給自足なのだろう。 それくらい何もない僻地だ。ポケットを探ると、幸い小銭がある。

救われた。その自動販売機は DYDOという缶コーヒー会社のものであった。缶コーヒーは少なくともこの5年一度も飲んでない。昔UCCの缶コーヒーを飲んだことがあるが、あれははっきり言って不味い。でも、最近の缶コーヒーは、普通のコーヒーを凌駕したのかもしれない。しかもこの自動販売機は、ここが土佐の山奥とは思えないような、世界中のコーヒーを取り揃えている。どれを買おうか迷ったが、どうせなら、この際うんと気張ることにして、「コクと香りのブレンド、ブラック、世界一のバリスタ監修」にした(値段はみな同じ)。

効果は絶大であった。まずコーヒーの味がする。香りは、イマイチだが、 体の隅々に暖かいコーヒーがしみ渡り、 体内細胞が、暖かい液体とそれに含まれるカフェインと糖分に快哉を叫んでいる 。啓示と言っては大袈裟だが、缶コーヒーの自動販売機が、一体何のために存在しているか、この時はっきりと悟った。

缶コーヒーに救われ、そこから長い坂を下って20分ばかり行く。すると、 もうそこは宿毛市の入り口だった。「サニーサイドパーク」という明るい名前の道の駅があったので、ここから横浜の弟に電話して無事を伝えた。土曜日だから家にいるだろうと思って電話したら、やはりいた。弟は、どこかのマラソンに翌週出場するので、最後の調整に余念がないのだった。彼は、「頑張ってね」と言い、それで僕は少し元気が出た。もう一人いた弟は3年前に死んでしまったし、両親はもっと前に死んでしまったので、僕にはただ一人の肉親なのだ。肉親の声を聞くと不思議と元気になる。本能だろう。弟が心配するといけないので、野良猫に包囲され、遭難寸前を缶コーヒーに救われたことは黙っていた。

「サニーサイドパーク」で、モーニングセットを注文し、本当のコーヒーを飲んだ。モーニングセットは日本の麗しい風習だ。でも、英語でmorning set というと、妊婦の悪阻みたいに聞こえる。とにかくこれで、さあ、どんと来い、という気持ちになったが、一人旅だと、その気持ちを伝える相手がいないのが寂しい。 もう一度弟に電話しようかと思ったが、もうろくしたと思われるからやめた。

宿毛で薬局を探した。筋肉の処置のためだ。すぐに、派手はでなチェーンのドラッグストアが見つかった。ここなら、あらゆる種類の薬剤を売っているだろう。僕はのしのし入店し、そこにいた薬剤師と思しき男を捕まえた。白衣を着て、血圧計をいじっていたからそうに違いない。

「すみません、自転車で旅行してずっと何日も走ってきて、太ももとかふくらはぎが痛むんです。だから、一番良く効く、塗り薬とか湿布とか、そういうものをください。サロンパスなんかじゃなくて、もっと効くやつ」僕は、症状を分かりやすく伝えた。

ところが、そいつは商品知識がゼロだった。偽薬剤師だ。死んだ弟は、医者ではなかったが医学部に勤めていて、「白衣を着ていると、医者に間違えられるんだよ、うふふ」と言っていたから、薬剤師も同じだろう。

「えーと、湿布とかは、そっちの棚にあります」が、偽薬剤師が口に出せた唯一の言葉だった。僕はそいつを従えて、その棚まで行き、「どれでもいいから、一番効くのをください」と詰め寄った。ところがそいつは、 「すみません、ちょっとお待ちください」と、iPadをとり出して叩き始めた。

この時点で、こいつに顔面パンチを食らわすべきだったが、我慢した。iPadを見終わると、「どれが効くかは、使ってみないと分かりません」と、しょうもないことを言う。 お前、偽薬剤師だろう、という言葉が喉まで出かけた。所詮は、大量消費社会が生んだ泡のような人間である。俺が武士だったら、切り捨てているところだ。

仕方がないので、自分の直感だけを頼りに薬を選んだ。選んだのは「サロメチール、スポーツ」というやつで、決め手は赤い箱に入っていたことだ。赤い色は、マーケティングの世界では、これが王手!という 色である。スポーツカーのフェラーリを見れば分かる。フェラーリが宇治茶色だったら買うか? サロメチールの能書きを読むと、しみるから粘膜には塗るな、とある。実に効きそうだ。

宿毛市民には悪いが、ここは偽薬剤師のせいで印象が悪くなったので 、すぐ西南方面、愛南へ向かって走る。「愛南」という名前は、由来は知らないが、南へゆくと愛がある、という感じのネーミングだ。南というと、スペインとかブラジルとか、情熱的な国を思い浮かべるが、愛南もそう言う 町なのだろうと期待する。

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愛媛に入るとトンネルが多い。県境もトンネルだった。

しばらく走ると 、高知と愛媛の県境だった。そして、すぐ最初の町が愛南市なのであった。ところが、愛南という名前に期待したのがいけなかった。昼飯を食べる店が全然ない。週末なので、小さい食堂はどこも閉まっている。これだから田舎はいけない。開いているのは、法事の時に入るような高そうな日本料理屋と、あとはローソンだ。その間がない。仕方がないので、ローソンでペペロンチーノとか言う、小洒落た名前のスパゲティを買った。が、座って食べる場所もなく、族の兄ちゃんみたいに、駐車場でしゃがんで食べた。ぺぺ何とかは、食い物とは思ないほど不味くて、半分食って捨てた。こんなことをしていると、だんだん目つきが悪くなっていく。

町の目抜き通りを行くと、道の駅があった。ここはどこかやる気のなさそうな道の駅だった。でも、宿をとってなかったから観光案内所に入って情報収集を試みる。 親父が一人いた。しかし、こいつもあまり熱心に仕事をしてなさそうだった。ここは国土交通省とかの、ドライバーたちに道路情報を伝える事務所でもあり、この親父は、そっちの方の人間だった。いわゆる小役人だ。

「この辺りには、ビジネスホテルとか素泊まりできる宿はありますか?」と尋ねるが、案の定、親父は何も知らないのだった。縦割り行政の悪い見本だ。パンフレットを出してきて、それを見ろと言う。仕方がないからそれを見ると、2、3のビジネスホテルの場所が書いてある。しかし、そんなことは、俺だってスマホで調べて知っている。納税者を見下しているのか、俺が欲しいのは生の情報だ。

「このサンパールっていうホテルなんかは、どうですかね?」と、僕は大きな温泉ホテルを指差して聞いた。親父は答える。「ダメ、ダメ、そこは団体専門の値段の高いホテルだから、行かない方がいいよ。」僕はもう、礼も言わずに案内所を出た。 この親父の存在は、税金の無駄遣いそのものである。

結論から言おう。愛南のビジネスホテルは、なぜかどこも満室だった。困った状況だが、全ては観光案内所の親父のせいだ。 仕方なく、その団体専門のサンパールホテルに赴いてみた。そして驚いた。値段が高いどころか、朝食付きで7000円とビジネスホテル並みである。それどころか、部屋は広く、洗濯機も無料、大きな温泉もある。 受付嬢も素晴らしい。ユニフォームをピタっと着こなし、客あしらいに隙がない。何か尋ねても、当意即妙でピシッと答える。やっぱりちゃんとしたホテルは違う。

「自転車旅行なんだけど、自転車の保管場所はありますかね?」と聞くと、もちろん「えー、すごーい!」などとは言わずに、「フロント横の事務室が空いておりますから、お使いください。すぐに鍵をお開けします」と、ちゃんと人の目を見てものを言う。年頃35歳、笑顔も上品、メガネの趣味もいい。名家の出に違いない。

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ホテルサンパールのシャンデリア

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ホテルサンパールのロビー

ただ、このホテル、汚くはないが相当古びている。北朝鮮には行ったことがないが、 平壌のホテルみたいである。フロントの横には、ホルマリン漬けの お化けウナギが 飾ってあるが、北の「あの方」が喜びそうな逸物だ。

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大ウナギ様

しかし、そんなことはどうでもいい。早く温泉に入って筋肉をほぐし、さっき買ったサロメチールスポーツを塗り込みたいという強い欲求が僕にはあった。そのワクワクするような期待感を受付の女性にも打ち明けたかったが、変態だと思われれるからやめておいた。

チェックインするやいなや、すぐ温泉に飛び込み、のぼせるほど入る。今日も色々あったが、とにかく無事に愛南までたどりつき、このホテルに泊まれたことを感謝しなくてはいけない。

風呂を出て販売機でビールを買う。部屋に帰り、プシュッと開けて、ぐびっと飲む。うまい。浴衣をかなぐり捨ててパンツ一丁になり、震える手でサロメチールの箱を開ける。チューブから塗り薬を絞り出し、太ももに塗る。刺激的な香りが立ち昇る。

次の瞬間、氷のような冷たさというのか、筋肉が溶解してしまうような快感が走った。効果は絶大だった! 僕は、「ああ!」とか「おお!」とか言いながら、チューブの中身をふくらはぎと太ももに塗りたくった。薬剤の効果とはいえ、至福のときがしばらく続いた。スポーツ選手のドーピングが喧伝されているが、つまり、こういうことなのだろうか?

夕食は、近所のファミレスで食べた。聞いたことのない名前だったが、どこもかしこもデニーズに似ていたから、ファミレスであろう。しかし、それは完全なる判断ミスであった。食べた物は、コロコロステーキとポテトフライと枝豆だったが、何でそんなものを食べたのか今でも分からない。愛媛のファミレスの客質にも、はなはだ幻滅した。しかし、この問題について字数を費やすのは無駄なので、ここでやめておく。とにかく、食べ物に関しては運の悪い一日だった。

寝る前にもう一度温泉に入り、またサロメチールを塗り直す。 ああ快感! 

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松山まで、あと二日というところまで来た。(車なら1時間半だけど)。
posted by てったくん at 10:15| 日記