2018年01月09日

四国旅行サイクリング旅行 (その2)

11月29日、旅行三日目。豚と亀に見送られて出発し、窪川の宿坊で マリリン・モンローの天井絵に観音様の後光を見る: 宇佐から窪川まで( 走行75キロ )

朝5時起床。サイクリングの二日目は、体があちこち痛いという、30年以上前の記憶が寝床の中で蘇った。サドルに1日中蹂躙されたお尻、何千回とペダルをこいだ足の筋肉、ハンドルから衝撃を受ける肩の関節 、日焼けしてヒリヒリする鼻や首筋の痛みなどが、二日目の朝、目覚めと同時に体を襲うという記憶だ。

ところが、国民宿舎土佐のふかふかした布団の中でうとうとしている僕には、そんな痛みはほとんどなかった。昨夜入った温泉の効果か?メルボルンで走り込みをしてきた成果か? なんて考えるが、 昨日はたった50キロ走っただけなのだから大して疲れているはずがない。

「よっしゃ!」と声を出して布団から出て、しばしヨガをする。体と内臓に血が通うのが分かる。外はまだ暗く、朝食までは間があるので温泉に入る。湯船に浸かっていると、外で鶏が鳴く声がして、夜が明けてきたことがわかる。風呂から出て、まだ薄暗い外に散歩。建物の周りを一周すると、裏口の横に小さな豚がつながれていた。豚の横には大きな亀もいる。なぜ豚と亀が?まるでグリム童話みたいだが、亀と豚の話なんてあったかな? ちょうどいいから、今日は自転車をこぎながら豚と亀のお話でも考えよう。

建物に入ると、フロントに眠そうな、メガネをかけた若い男がいた。豚と亀の由来を尋ねる。メガネ男は、「以前のオーナーが飼っていたんですよ。宿の持ち主が変わっても、動物はそのまま居残ったんです。豚はまだ子豚で、名前はマイケルです。下の倉庫のところにいる親豚はもっと大きいんですよ。亀の名前はクッパです。年齢は分かりません」と答えた。「高知の海岸にやってくるウミガメですか?」と聞くと、「いいえ、どこか外国の亀らしいです。だから海に放すわけにいかないし、仕方なく飼っているのですよ」とのことであった。何とも気の毒な亀だ。眼下は雄大な太平洋だというのに、どこにも行けない。それに、クッパとは妙な名前だ。

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豚のマイケルと亀のクッパ

朝ごはんの時間になった。 味噌汁、だし巻き卵、塩鮭、梅干しといった、正当な旅館の朝ごはんだ。美味しくいただき、ご飯はおかわりする。登山やサイクリングの時は、腹が弾けるほど朝飯を食べても、すぐに腹が減るものだ。朝日が雲間から輝いている。 今日は四万十川の入り口、窪川の宿まで75キロほど走る予定だが、ちょっとした峠越えもあるから、気が引き締まる。朝日に向かって旅の無事を祈った。

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いよいよ出発。亀のクッパと子豚のマイケルに 「じゃあね、元気でね」とお別れを言うが、どちらも無言。宿を出ると、そこは横波黒潮ライン、15キロほどの起伏のある海岸絶壁沿いの道だ。車ならほんの30分ほどの道程だが、自転車だと、うんせうんせと登り降りして1時間以上はかかるだろう。急ぐわけじゃないから、ゆっくり走る。カーブを曲がるたびに、眼下に人気のない入江が見え、その向こうは太平洋。高校野球で有名な私立高校のスクールバスが4、5台通り過ぎるが、あとは車も来ない。空と海とその間に自分がいて、一切の雑音はなく、潮騒だけが聞こえる。

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ワインディングロードをゆっくり走っていくと、行先の崖の上に宇宙船のような丸い建物がある。保養所かホテルか?地震がきたら下に墜落しそうな崖っぷちに建っている。奇妙な建物だと思って近づくと、納骨堂だった。よくまあ、こんな場所に納骨堂を建てたものだ 。でも、昨日から気がついていたことだが、ここらでは海沿いの見晴らしの良い所に墓地があるのだ。もしかしたら四国の風習かもしれないし、日本全国、田舎はみんなそうなのかも。とにかく、こういう場所では、祖先の霊を景色の良い、天国に一番近い場所に祀っている。これが東京近郊の、例えば湘南海岸の一等地だったら、納骨堂なんか建てないだろう。ましてやオーストラリアだったら、こんな絶景の場所には何億円もする豪邸が建ってて、ニコール・キッドマンの別荘だったりするはず。ところがここでは、亡くなった人に最も見晴らしの良いところで眠ってもらっているんだから仰天だ。 生きている人よりも祖先を大事にする伝統だ。そう言えば、インドネシアのバリ島でも、海の崖の上の素晴らしい場所にヒンズー寺院があったなあ。そういう価値観と、今自分が生きている社会には、相当大きなギャップがあると言える。

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高知には見晴らしの良い墓地が多い

そんな比較文化的考察をしつつ、横波黒潮ラインを走っていくと、もう終わりに近づいた。崖沿いの道は長い下り坂になるが、路面は朝の雨でまだ濡れているから慎重に下る。それでも時速50キロくらいはすぐ出てしまう。いい調子でビュンビュン走ると、管と言う部落まですぐだった。やっぱり下りは楽しい。

菅を出てとろとろ走ると、小一時間で須坂市 。ローソンでトイレを借り、ついでに百円コーヒーを立ち飲み。日本はコンビニが多いから便利だ。そろそろトイレに行きたいとかコーヒーを飲みたいとか大福を食べたいとか思うと、必ずコンビニが現われる。そして高知の田舎にはなぜかローソンが多い。丸にKと書いてあるコンビニもあり、個人的に「マルケー」と呼んでいたが、あとで店に入ったとき「サークルケー」が正しいと知った。 「あそこのマルケーが…」なんて誰かに言って恥をかく前に正しい名前を知って良かった。高知の田舎の人に、こいつどこの田舎者だ?なんて思われるわけにはいかない。

交通量の多い県道を数キロ走ると、またローソンがあった。あの青い看板を見ると、すでに条件反射的にトイレに入りたくなる。しかし、ほんの20分前にもローソンでトイレを借りたばかりなのだから、ここはぐっと我慢して素通りする。広告とか看板とかは恐ろしいものだ。ここでまたトイレを借りて、明治美味しい牛乳なんか買おうもんなら、奴らの思うつぼである。

さて、そのローソンの先から海沿いの道幅の細い320号と言う絶壁沿いの道に入る。双方通行ができないくらい狭い。車は全然来ないから専用道路だ。時に波しぶきをかぶるくらい海側の道だ から、津波が来たら一瞬でさらわれるだろう。こんな素晴らしい道を自分一人だけで走っているなんて申し訳ないが、たくさん人がいたらこの素晴らしさは半減するから、申し訳なく思うのはやめる。

小さな半島がいくつかあって、その根元の入江には必ずと言っていいほど小さな漁港と集落がある。日本の田舎は走っていて飽きない。景色がどんどん変わるし、 人影こそ少ないが、朽ち果てた家や倉庫が立ち並び、漁網が干してあり、潮の香りの中に生活臭がある。僕は、そんな濃密な、時には腐ったような匂いを嗅ぎながら自転車を走らせる。潮の香りは本当にいいし、こういう海岸沿いのくねくね道は楽しい。オーストラリアだと、50キロずっとまっすぐな道なんかが田舎にいくと結構あるが、自転車でそんなところは走りたくない。また、同じ濃厚な匂いでも、30キロずっと牛とか羊の匂いがする中なんかも嫌である。やっぱ、日本はいいな。

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土佐一本釣りってな感じの釣具屋

ふと見ると、目の前をおじいさんがタバコをふかしながら自転車に乗っている。道のあっち側とこっち側をふらふら行ったり来たりしながら進んでいる。ぶつからないように注意して追い抜き、「おはようございまーす!」と挨拶すると、一呼吸おいて、おじいさんは、僕が言ったのより二十倍くらい大きな声で、「おっはよーございまーす!」と叫んだ。びっくりして、自転車から落ちそうになる。

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自転車じいさん

こうやって自転車で走っていると、せいぜい時速20キロだから、道行く人たちに挨拶ができる。工事現場の旗振りのおじさんたちは礼儀正しく返礼してくれる。畑のおばさん、さっきみたいな自転車で走っているおじさんやおばさんにも挨拶の励行だ。徒歩のお遍路さんには「頑張ってくださーい!」と激励。学校へ登校する子供達なんかは、元気に手を振ってくれるから嬉しい。車やバスの旅だったら、こんなことはできない。道ゆく人同士が挨拶するのはいい風習だ。オーストラリアの田舎道でも、すれ違う自動車同士でも手を振って挨拶したりするけどね。

土佐久礼という、土讃線の駅のある漁村でお昼にすることにした。ところが食堂が見当たらない。駅前に行って見るが、店が一軒もない。店のない駅前と言うのもあるんだなあと驚く。目抜き通り?を行くと、チェーンの持ち帰り寿司の店があったが、あまり食べたくない。さらにうろうろしていたら、土佐久礼町立美術館という綺麗な建物に行きついた。古い土蔵を模した建物で、腹は減っていたが覗いてみた。外はシーンとしていたので誰もいないのかと思ったら、町民主催の展覧会の初日みたいで、中にはたくさん人がいた。 展示されているのは地元の人たちが描いた絵がほとんど。下手とか上手いとか言う前に、今時こういう絵を描く人もいるのかと嘆息してしまうような作品が集結していた。言ってみれば、近代絵画におけるあらゆるジャンルを真似したような絵の集大成だ。油絵の具がゴテゴテ盛り上がっているような風景画、墨絵のような一輪挿しの花の絵、どこかのおじさんの肖像画など。もちろん、そういう絵を趣味で描くのは何も悪いことではない。しかし、こういう絵が、現代の美術に何を貢献しているのかと聞かれたら、僕にはよく分からない。とにかく、そういうたくさんの絵を土佐久礼の民衆たちは熱心に見入っている。奥を覗くと、 有名な画家の絵も数葉飾ってあった。藤田嗣次や黒田清輝などだ。近代絵画の名作を鑑賞するのもたまには良いと思ったが、もう腹がぐーぐーうるさくて集中できない。早々と外に出た。

土佐久礼は、小さくてとても良さそうな町だ。だが、結局手頃な食堂がなかったので、スーパーに入る。驚いたことに、弁当の種類は食堂の不足を補ってもあまりあるほど豊富であった。その理由を土佐久礼の人に尋ねたてみたかったが、変なことを聞く人だと思われても困るので 、おとなしく弁当と大福餅とみかんを買ってスーパーを出た。少し走って、それらを上ノ加江という静かな海辺で食べた。

弁当を食べながら、地球の反対側にいる家族に「無事です」メールを打つ。四国の辺鄙な漁港で弁当を食べている僕がスマホでチョチョっと打ったメールは、一瞬でメルボルンの妻のパソコンに届く。それは、目前の、明治時代とちっとも変わらないような寒村の景色にそぐわない行為だ。かつて一人旅とは、日常生活や家族のいる場所から、一定期間でも姿を消してしまうことだったが、今はそうではない。スマホを持っている僕は、電池が切れでもしない限り、常に家族や友達とつながっている。逆に言えば、 誰かに監視されてると言っても過言ではない。

僕は、メールを打ってしまうと、みかんを剥いて食べた。みかんの皮は、そこらの藪の中に投げ捨てた。すぐに腐ってなくなってしまうだろう。でも、弁当のゴミは割り箸以外は皆プラスチックだから、捨てるわけにはいかない。次のコンビニかスーパーに行き当たるまで持ち歩かなければならない。鬱陶しいが、それが便利であることの代償だ。昔読んだ川端康成の短編か何かに、主人公の学生が汽車の中で駅弁を食べ終えて、そのゴミを窓からぽんと放り投げる場面があった。それはどこか痛快な動作であった。でも、そんなことを今やったら、通報されて罰金を払わされるだろう。そもそも、プラスチックゴミを不法投棄しても、何も楽しいことなんかない。

弁当を食べ終わって身支度をすると、今度こそトイレにいきたくなった。しかし、この漁村にローソンはないし、公衆トイレもない。こういう時は、立ちションである。僕は、憚りなく書くが、実は立ちションが好きである。街中ではやらないが、こういう大自然の中で行うことは快感である。地球から頂いた水分と、その他のミネラルを大地にお返しするという感覚があり、その最中には、自然と一体になった喜びがある。しかし、こうやってそこらの藪で用を足していて、誰もいないと思っても、頭上からは自衛隊やCIAのドローンに監視されて いる可能性はある。現に僕は、黄色の蛍光色のウィンドブレーカーを着て、さらにヘルメットも被っていたから、他に目ぼしい色彩のない漁村にあっては、かなり怪しい人物として監視対象になっていたかもしれないのだ。これが日本海側だったら、着実に北朝鮮のスパイと疑われた であろう。

一人でいると、色々とバカなことを考える。見れば空模様も怪しく、雨も降りそうなので、出発することにする。上ノ加江で海岸線とはお別れで、ここからは上ノ加江窪川線という、さらに細い道路を行く。 上ノ加江の集落をすぎた途端、杉林の中の林道だ。一応舗装されているが、交通量が極端に少ないと見え、落ち葉や、崖から落ちてきた小石で道が覆われている。見たこともないほど大きな紫色のミミズも道路を這っている。勾配は急ではないが、どこまでも登りだ。やがて細かい霧雨のような雨が降ってきた。雨具を着るが、登りなので汗ばんで蒸し暑い。雨具を脱いだり着たりしながら走っていく。しかし、景色は素晴らしい。紅葉の黄色や赤、苔むした山肌の濃い緑、岩陰から清水が湧き出ていて、それが塩ビのパイプから迸っている。海から湿気を含んだ風が吹いてくると、 頭上に霧が降りてくる。自動車は 一台も来ない。風の音、水の流れる音の中を一人で走る 。 霧の切れ目から、ちらっと遠くに海が見える。こういう林道は、サイクリストにとって宝物だ。もう、こういう道は本州の大都市の近くにはないだろう。ここまでしっとりした道というのは、湿気のある気候特有のものだから、僕の暮らしているオーストラリアにはもちろんこんな場所はない。

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暗い杉林の中を走って、やっと峠に出たのは1時間も経ってからだろうか。11月も末というのに、汗をかきかき登ったのでペットボトルのお茶を一本飲み干していた。 上りは平均時速10キロくらいだろうから、1時間で10キロほど走っただけだが、随分遠くに来たような気がする。

今度は下りの、落ち葉や砂利に覆われた道を、あまりスピードを出さないように降りていくと、ポツポツと人家が現れてきた。廃屋もあり、まだまだ山奥という風だ。あるところまで来ると、パーっと視界がひらけて、目の前に青々とした畑や田んぼが現れた。やがて「四万十市」という看板を通り過ぎる。やがて上ノ加江窪川線は国道52号という、新しくてまっすぐな国道に行き当たる。ここには自動車がたくさん走っている。52号に入って数キロ行くと、もっと大きな56号という道に入り、しばらく行くと「あぐり窪川」という道の駅ドライブインが見えてきた。 今日の目的地、窪川の宿はもう目前だ。ここで午後3時。一休みしよう。

ドライブインの喫茶室で、コーヒーとケーキのセットを頼む。こういう小洒落たものは普段は口にしない主義だが、自転車に乗っている時は別だ。サイクリングは甘いものが食べたくなる。コーヒーとロールケーキが出されたが、栗のムースまでサービスで付いてくる。これで四百円とは安い!オーストラリアだったら、四百円はコーヒー一杯の値段だから、こんなことは絶対にありえない。日本は素晴らしい国だ。

道の駅も素晴らしい施設だ。素晴らしすぎと言ってもいい。平均的日本人は、こういうサービスを当たり前と思っているのかもしれないが、とんでもないことだ。こんな施設は、先進国と言えども、他の国には断じてないだろう。オーストラリアの「ロードハウス」と呼ばれるドライブイン兼ガソリンスタンドなど、道の駅に比べれば、掃き溜めである。道の駅の綺麗なトイレ、美味しい食べ物を出す食堂、土地の名産を山と積んである売店、親切な旅行案内所、場所によっては温泉だってある。加えて、四国ではサイクリングを奨励していて、サイクルステーションというコーナーもあって、自転車をぶら下げて停めておくスタンド(あいにく、僕の自転車のような荷物を積んで重たくなった自転車には無用の長物だが)、 空気ポンプや貸し出し工具までおいてあったりもする。過剰と言ってもいい(別に文句を言っているわけじゃありませんがね)。

美味しい栗ムースとケーキに満足して出発。目的地窪川の町までの数キロをだらだらと走る。峠越えもして70キロ以上走ったから、太ももが疲れて痛い。しかし、これが本物のサイクリングだ。白樺湖のような湖畔を、派手な色の貸自転車でキャーキャーいいながら走るのがサイクリングだと思ったら大間違いだ。

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長いトンネルを走るのは好きじゃない

さて、長い窪川トンネルを出ると、そこが窪川の町だった。どことなく裏ぶれた、暗くて古い宿場町という感じ。国道添いに行くと、大きな明るい建物があるからなんだと思ったらパチンコ屋だった。田舎で見たくないものナンバーワンである。 もちろんローソンもある。56号から 土佐街道に折れると、すぐに 岩本寺という四国霊場37番目のお寺がある。お寺のあるあたりは、しっとりとした宿場町の趣だ。岩本寺は575枚もの天井絵が有名だ。また手頃な値段で泊まれる宿坊もあり、そこが僕の今夜の宿である。

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四国霊場37番目 岩本寺

岩本寺の石段を、うんせ、うんせ言って自転車を引き上げた。2、3人のお遍路さんがお参りしている。 宿坊は境内の中の旅館のような建物。「こんにちはー、お世話になりまーす」と言いながら入って行くと、恰幅の良い和尚さんが現れ、「いらっしゃい。すぐに係りの者がご案内しますよ」と、でっかい張りのある声で言う。すぐに、年配のおばさんが現れ、部屋に通してくれた。宿坊には初めて泊まるのでやや緊張していたが、入り口横にはお土産やお遍路グッズを売っている売店があり、大浴場もあり、普通の旅館と変わらない。部屋も個室の和室で、立派な床の間もあるではないか。「お風呂もすぐに入れますよ、洗濯機もありますから、使ってくださいね」と言うことなので、早速お風呂に入り、洗濯物を洗わせてもらう。宿坊とは、もっとスパルタンな場所と思ったが、安くてサービスの良い旅館だ、これは。

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宿坊は、ただの旅館みたいだった

風呂に入ってさっぱりしたので、お寺に詣でてから、575枚の天井絵を見せてもらう。寺院を改築する費用を捻出するために、一般市民が寄進した絵だそうだが、実に色々な作品がある。墨絵、屏風絵、銭湯の書き割りのような風景、動物、人物、花や植物など。モネの絵画を模したものやマリリン・モンローまである。モンローは僕も大好きであるが、こう言う場所で見ていると、観音様のようにも見えてくる。天井のたくさんある絵をずっと見上げていたら首が痛くなった。

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岩本寺では、今夜は食事が出せないそうなので、窪川の町に出て食堂を探す。古びた居酒屋などが2、3軒あるが、居酒屋に行く気分ではない。でも田舎町だから、あまり他には店がない。こういう山間では釣瓶落としのように日が暮れて、11月末の7時はもう真っ暗だ。暗さに目が慣れていなく、その上年をとったせいか、自転車のライトだけでは道がよく見えない。暗闇をうろうろして、ようやく駅前に小さな食堂を発見した。仕事帰りの駅員と市役所の職員みたいな人が、生姜焼きとかトンカツ とか食べている。僕はオムライスと唐揚げ定食を注文した。僕のすぐ後に店に入ってきた人に店のおばちゃんは、「もう今日はご飯がなくなっちゃったから、定食はできないよ」なんて、都会では、ありえないことを言っている。まだ7時過ぎなのに、やる気あるの? お客もお客で、「じゃあ、トンカツ定食、ライス抜きでいいや」と呑気なことを言って席に座り、新聞を広げている。これが高知のペースなんだろうか。こういうことだから、ローソンなどの輩がのさばるのだ。

そうは言っても窪川のオムライス唐揚げ定食は、なかなか美味であった。宿坊に帰り、日記を書くと早々に布団に入った。まだ8時台だが、もう眠い。そう言えば、豚と亀のお話を考えなかったことを思い出す。自転車に乗ってるだけでも、僕のようなインテリの頭の中は様々な考察で結構忙しいのだ。豚と亀は、今後の課題だろう。なんて考えているうちに、意識が遠のいていく。暗闇の奥で、マリリン観音が微笑んでいる。

(四国サイクリング旅行(その2)終わり。続きはまた後日書きます)。


posted by てったくん at 18:36| 日記