2016年09月20日

オークランド、調布、そして宇都宮まで

2016年9月20日

オークランドの唐揚げ弁当

7月にインドでカレーやピザを食べ、クアラルンプールで北海道ラーメンを堪能した私は、8月の半ばには、ニュージーランド、オークランド中心街のフードコートで、トリ唐揚げ弁当などを食べているのだった。

ここではIBBY国際児童図書評議会という、絵本の世界会議に出席した。唐揚げ弁当を食べたのは、ある日の昼、急いでホテルに戻って自分の発表するポスターの仕上げをする必要があり、昼飯を食い損ねそうになって急いで近くのスタンドで買い求めたのだった。

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世界的な学会に登場、壁新聞同様の私のポスター

でも、これがなかなか当たりで、ご飯も暖かくておいしく(ごま塩がかかっていた)、唐揚げも揚げたて、その上ちゃんとみそ汁付き。今どきの日本の弁当屋よりも気が利いているかもしれない。難を言えば、唐揚げの下に敷いてあったレタスの量が恐ろしく多く、マヨネーズもなくて、食べるに往生したことだ。

ニュージーランドで、他に美味しかったのはビールだった。 IBBY大会に出席していた日本人で、元国会図書館に勤めていたM山さんというおじさんは、「てっちゃんさあ、ニュージーランドのビールって美味しいの?」と聞いたが、僕もよく分からなかったので、「美味しいのは、美味しいでしょうけど、まずいのはまずいですよ」と答えた。答えてから、これは答えになってないと自分で呆れた。滞在中は、毎晩のこのM山さんや他の人たちと飲み歩いたが、ニュージーのビールは種類も多くて、どれも美味しかった。

そう言えば、前に書くのを忘れたが、この間インドで飲んだ「ヘイワーズ5000」というビールは、僕がこれまでの人生で飲んだビールの中で、一番まずかったかもしれない。一緒にこれを飲んだオーストラリア人のディランも、「インド政府のビールっていう味だな」と形容していた。しかし、もうひとつの「キングフィッシャー」という銘柄は美味しかったから、インドのビールが全部まずいということを言っている訳ではない。


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インドのビール、ヘイワーズ5000

オークランドでひとつ度肝を抜かれたのは、オークランド・タワーのバンジージャンプだ。僕が、地上300メートルの展望台からのんびり景色を眺めてると、窓のすぐ外を、「ギェー!」と叫びながら人が落ちていく。飛び降り自殺かと思って、「ヒェー!」と驚愕して下をのぞくと、ムササビのような格好で、さっきの人が下へ落ちていく。そして地上50メートルのところで、ビヨーンと強力なゴムの力で止まったのだ。外には、細いワイヤーが三本張ってあり、ここ伝って落ちていくらしい。自殺でなくて良かったが、まったく恐ろしいことをやる人もあるものだ。一時間くらいのうちに、もう2、3人が落ちていったが、こんなことをして何が楽しいのだろう?(しかも一回飛び降りて250ドルだそうだ!)

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オークランドタワーからの風景

オークランド最後の晩は、上記絵本国際会議に出た日本人のみなさん十名程と、波止場の高級なシーフードレストランでディナーを食べた(自分一人なら絶対入らないような店だ!)国際会議に出るくらいの人たちだから、みんなそこそこ英語ができるのだが、それでもメニューを見て料理を決めて、それから飲み物を注文するのにかなり時間がかかる。魚の種類はいろいろあるし、ワインも赤白、スパークリングと何十種類もある。それに、「あら、あたくし、前菜に生ガキをいただくわ!」なんてことになると、生ガキは10種類くらいあるし、「あら、やっぱり、わたくし、生ガキはあたるといけないから、火を通したのにしましょう!」と気が変わったりすると、料理法も5種類はあるから、カキ料理だけで50通りの選択枝になる。そんなで、全員が料理を注文するだけで50分くらいかかった。(ウエイトレスの女性が、途中で叫び出すんじゃないかと心配になったけど、プロだけあって忍耐強かった)。

食事の方は、高級なレストランだけあってすばらしく美味しくて、みんな大満足だったが、問題は支払いだった。生ガキを1個しか食べなかった人、カキフライを8個食べた人、メイン料理を半物ずつとなりの人とシェアした人、メインはちゃんと一皿食べた人、追加でポテトフライを頼んだ人、ワインをたくさん飲んだ人、水しか飲まなかった人とかいろいろあり、その違いがあまりに細かすぎて、店の方は、個別払いは止めてください、支払いはまとめてお願いしますと言う(当然だ!)。 そこで往生していたら、泣く子も黙るマツイさんという出版社の女社長が、「みんな割り勘です。ただし、たくさん飲み食いした人は、多く払って下さい。以上、終わり!」と支払いをまとめてしまった。割り勘は、かなり不平等だったが、そこで文句を言う人もなく、どうにか支払いを終えて店を出たのだった。絵本の国際会議に出る人たちは、人徳者ばかりなのかもしれない。


調布のジャズカフェに染みついた夜

オークランドからは東京の調布に飛んだ。もちろん成田経由だが、オークランドを朝出ると、夜9時には、友人M城さんのお宅、調布コープに僕は居た。M城さんは、中国出張で留守。飛行機の旅でくたびれたので、その夜はマンション横のコンビニで、冷やし中華、唐揚げ、枝豆、ポテトサラダなどを買ってきて食す。ビールはサッポロ・クラシック。日本は何て便利なんだろう!

今回の帰国は、出版社での 打ち合わせ、雑誌のインタビュー、二年前に亡くなった弟の三回忌、それから最後に宇都宮で、オーストラリアの絵本についての講演(四時間も!)の予定だった。滞在は10日間だから、時間的な余裕はある。しかし、最後の宇都宮講演の原稿をまだ書き終わってなかったので、空いている時間は調布コープにこもって原稿書き。だから、友達と会って酒を飲むなんて用事は全然入れられなかった。

だが、夕方になると、さすがにマンションにこもっているのも嫌で、一人でもいいから外食しようと出歩く。(永井荷風の気分!)調布も賑やかで、駅前には店がたくさんあるものの、一人で入るに適した静かな店は少ない。チェーンの海鮮料理店があったので入ってみたが、メニューの種類が多いだけで、肝心の刺身は味が薄く、何の魚を食っているのか分からない始末で、がっかり。

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調布には「調布ビール」がある。これは旨かった。

別の晩は、能登だか北陸だかの暖簾を掲げた静かめの店に入ったが、ここも期待はずれ。刺身は西友の「お刺身三点盛り¥780」の方がまだ上。焼き魚は解凍ものだから、身がぐずぐず。頭にきたので、それ以上料理の追加もせずに店を出る。気分は不完全燃焼。

帰り道、マンションの近くに「ジャズのお店 XXX」という看板が光っていた。「そうだ、こういう渋いお店で、壁の染みなど眺めつつジャズを聴きながら、 焼うどんを肴に飲むのも悪くない」と思い、狭いドアを開けて中に入る。

これが、さらなる失敗!どうも調布の夜には恵まれていないらしい。店の雰囲気は1980年代の居酒屋バーという雰囲気で悪くない。(よく大学のコンパの二次会でこういう店に行った)。しかし、肝心の音楽はジャズではなくて、クラプトンであった。でも許そう、クラプトンは好きだから。

マスターは70歳くらいの、赤バンダナを頭に巻いた、優しそうな親父さん。でも「いらっしゃい」の声に元気がなく、やる気なさそう。焼酎のロックを注文し、メニューに目を走らす。目当ての焼うどんがない! 仕方なく、シシャモを注文 。

焼酎ロックといっしょに、突き出しの小鉢が出る。これが驚きであった。緑の野菜(ほうれん草?)と、茶色の肉みたいなものが煮込んである。この茶色のものは、ふにゃふにゃで肉の食感もない。トーフでもないしコンニャクでも魚でもソーセージでもない。ダシもきいてなく、塩気もなくて味がしない。不気味すぎて思わず箸を置き、口に入れた分は焼酎で飲み下す。

ところが、この焼酎ロックも大問題。量がめっぽう少ない。小さなコップで、二口で空になってしまう。まったく絶望的だ。その時点で、僕はシシャモを注文したことを心から後悔する。案の上、マスターは冷凍のシシャモ(安くて細い奴)を冷凍庫から出してチンしている。解凍したシシャモからは、冷凍水が垂れている。食欲、一挙にゼロ。しかし、頼んだ以上、シシャモが焼き終わる前に店は出られない。仕方ないから、マスターと会話をすることに。

「マイルス・デイビスの写真がありますねぇ…」と僕。
「ああ、コルトレーンもあるよ。みんな死んじゃったけどね。(ため息…)」
「この間、飛行機の中でマイルス・デイビスの映画をみたんだけど、良かったですよ」と僕。
 マスター、無言。
「…(話題を変えて)このエリック・クラプトンのライブビデオは、カーネギーホールですかね?」
「さあ、分からねえな。クラプトンは、よく日本にきて金稼ぎをして帰るけど、気に食わねえ。息子が死んじゃったのは可哀想だけど」とマスター。気に食わねえなら、ビデオかけるな!

やがてシシャモが焼ける。中まで焼けてなくて半生でまずい。飲み下すにも、もう焼酎もない。
「焼酎、おかわり」。ああ、また量が少ない!

カウンターの向こうでは、女子高生みたいなギャルが二人で、ボーイフレンドの悪口で盛り上がっている。
「すみません、マーボードーフお願いします」と、彼女たちが注文。
酒飲みながらマーボードーフとは、どういう発想だ?
案の定、マーボドーフもまずそうで、酔ってなければ食べられないだろう。(酔ってても食べたくない!)

二杯目の焼酎で生焼けシシャモを流し込み、店を出た。渋いジャズを聞くどころではない。もう二度と来るもんか!

その後数日間、東京滞在中に食べたものを列挙する。

牛タンとろろご飯(青山ネギシ)、にぎり寿司弁当(都内出版社にて)、いずも蕎麦(調布そば屋)、トンカツ定食( 武蔵境ロイヤルホスト)、オムレツカレー(南武線稲田堤駅の近く)、天ぷらうどん定食(巣鴨)、吉野屋牛丼並盛り(調布)、トンカツと海老フライ定食(調布パルコ)、お刺身特盛り四点セット(調布西友、七時以降20%引き)、エビシュウマイ(左に同じ、20%引き)、ハムとレタスのジューシーサンド(セブンイレブン)。

上記の食事については、語るべきことはあまりない。美味しいものもあったにはあったが、どうも食べた気がしない。どうして南武線に乗ったかなんて、めんどうなので説明しない。とにかく今回の東京滞在は、食事に関する限り、冴えなかった。これだけ食材の豊富な多い日本にいたのに、どうしてこんなに味気ないのだろう? 私が悪いのか?


湘南新宿ライナーで「スナフキン」に会い、餃子の宇都宮へ

数日後、いよいよ日本滞在の最後の二日間、栃木県宇都宮市へと向かった。栃木子どもの本連絡会主宰による「オーストラリアの子どもの本」の講演会に講師として呼んでいただいたのだ。この二ヶ月、精魂こめて原稿を書き、最後の一週間は調布コープにこもって仕上げた。よくやった、よくやった。

だから、せめて宇都宮では旨いものを食おう、この週末こそ自分に優しくしよう、そういう心意気で湘南新宿ライナー宇都宮行きに乗った。期待は、大きく膨らむ。

浦和、大宮と車内は混んでいる。と見ると、隣に70代後半くらいのおじいさんが立っている。段ボールやビニール袋に入った着替えと思しき荷物をたくさん持っている。服装は一応きれいだが、風来坊みたいだ。よれよれで、汗が染み付いたつば広帽子が、さらに雰囲気を醸し出している。やがて、おじいさんはビニール袋に入ったコーンフレークを取出してぼりぼり食べ始めた。車中でコーンフレークを手づかみで食べる人も珍しい。

かなりの達人だな!と思いながら老人を眺めていたら、目が合ってしまった。オーストラリアに長くいるせいで、 僕は人と目が合うと、ついニコッと笑ってしまう(オーストラリアではそれが礼儀。)すると、驚いたことにこの老人もニコリと笑い、「いかがな?」とコーンフレークの袋を差し出した。(この人、絶対オーストラリア人!) 僕は後ずさりしそうになったが、「いえ…結構です。どうもありがとう」と、かろうじて答えた。老人は、「旅をして歩いておいでかな?」と、僕の大きなダッフルバッグをみて言った。「いえ、仕事でちょっと宇都宮まで」と僕は答えた。「私は福岡に行って帰ってきたので、足が棒になりましたよ」と老人は言って笑った。

小山でやっと席が空き、老人は「さあ、坐りましょう」と僕を促して坐った。僕は老人の隣に腰を下ろし、夕暮れ近い、広い空を見上げた。やがて老人は、こっくりこっくりと居眠りを始める。風来坊みたいな風体といい、静かで丁寧な話し方といい、 この人は栃木のスナフキンだな、きっと。

宇都宮の街は夕焼けに染まっていた。市内を流れる田川の清流は、きらきら光っていた。(リヨンを流れるローヌ川に比較しようと思ったが、それ程ではなかった。)つかの間の旅情が僕の胸を満たした。

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言うまでもない、宇都宮は餃子の町だ。餃子の店が30軒もあるそうだ。駅前には、餃子の像まであった。それは、餃子の皮をまとった乙女だった。どうして、乙女が餃子の皮をまとっているのか、それは現時点ではまだ謎である。

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餃子の乙女像@宇都宮駅

さあ、餃子の店30軒とどう取り組むか? たった一人では手強い状況である。(餃子好きの息子リンゴロウを連れて来れば良かったが、彼はメルボルンでよだれを流しながら僕の帰りを待っている。)だが、僕はすでに栃木子どもの本連絡会のイガラシさんという女性から、「駅ビル三階のミンミンがおいしいですよ」という貴重な情報を得ている。だから、宇都宮チサン・ホテルに旅装を解くや否や、ミンミンの偵察に出た。

夕食時のミンミンは、列ができるくらい混んでいた。混んでいる店は好きではないので、待つ間、他の餃子屋をのぞきに行った。ホテルの横にあったかなりけばけばしい餃子屋で立ち止まる。メニューを見ると「餃子12種類、サンプル定食」というのが目に入った。

魔が差した。腹が空いていたので、うっかりこの店に入り、12種類の餃子を注文してしまった。壁を見ると、「たかが餃子、されど餃子」の張り紙。これは、「餃子をあなどるな」ということを言っているのか?

待つこと8分、12個の餃子がくる。シソ入り、チーズ入り、ニンニク入り、生姜入りなどいろいろだが、餃子にひとつひとつ名前が書いてある訳ではないから、すぐ何を食べているのか分からなくなる。最後は、みんなお腹の中で混ざってしまった。これは餃子をあなどった罰に違いない。

ゲップをしてこの店を出る。正直言って後悔した。奇をてらった餃子など、うまくない。チーズ入り餃子なんて食べるんじゃなかった! むしろ、きっぱりと、いちばん美味しい正統的な餃子を一種類だけ食べるべきであった。もう迷わないぞと決心し、すたすたミンミンへむかう。

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やっぱりミンミンは偉かった。餃子の中身はきっぱり一種類だけ。僕は、「小さめ六個」定食を頼んだ。ああ悲しいかな、12個食べた後では、もはやお腹はすいていなかったせいだ。回り道せずに、ミンミンに最初から来れば良かった。その晩は、餃子臭いゲップをしつつ、宇都宮チサンホテルで安眠した。

翌朝、ホテルの朝食ビュッフェは、ご飯とみそ汁と納豆がうまかった。栃木とか茨城のホテルで、納豆がまずかったら暴動が起きるだろう。このホテルの納豆は黒豆の大粒で、しっかりとした歯ごたえがあり、大満足である。

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納豆ライスで腹を作ったので、栃木県教育会館へタクシーで乗り込む。天気も晴れ渡り、講演会は満員御礼だ。午前中二時間、話は滑らかに進んだ。お昼は、教育会館の食堂でカレーライスを主催者のみなさん達と食べる。このカレー、教育会館だけであって、昔懐かしいハウスバーモントカレー風の甘くてねっとりしたカレーだった。ご飯もおいしい。あまり美味しくて、インドの人たちにも食べさせてあげたいと思った。

午後も二時間、快調に話をする。準備良ければ憂いなし、話は横道にそれつつも時間内にきっかり終えた。講演会成功の秘訣のひとつは、時間通りに終わらせることである。用意した本もほぼ完売、講演会の後でサイン会。こんな僕でも本にサインを求められるなんて、大感激。でも、調子に乗ってお喋りしながらサインしていたら「わたなべてつた、わたなべてつた」と一冊に二度も書いてしまった。だから「ごめんなさい、ごめんなさい」と二度謝った。そうしたら「いいんですよ、いいんですよ」と、二回慰めてくれた。宇都宮の女性は優しいなあ。

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宇都宮の女性たちが聞き惚れた渡辺鉄太の講演

夜9時、調布に帰還。さすがにぐったり放心状態で、酒も飲まずに寝てしまう。翌日は日本滞在最後の日。もはやすることもないし、調布にいても仕方ないから、吉祥寺をぶらぶら。無印良品で女房に頼まれた台所用品を買い、モンベルで、息子のために羽毛の寝袋を買う。北口商店街を歩き、古本屋を2、3軒冷やかすが、気がつくと手提げ袋一杯の本やらCDやらを買っている。いつの間にか「物欲」と言う悪魔に魂を乗っとられている。

そこで、そそくさと調布に帰還、スーツケースに荷物を詰める。講演会で使った絵本もあるので、そうとう重い。計ってみると33キロ。一応30キロまでは料金を払ってあるが、ジェットスター航空は三キロ超過を見逃してくれるかどうか?(見逃してくれた。サンキュー!)

夜、上海出張から、調布コープの主であるM城さんが帰る。最後の晩だし、M城さんと会うのも久し振りなので、西友で、食べたいものを好きなだけいろいろ買ってきた(しめて1910円!)。飲みながら、食べながら、つもる話をする。「自分の墓をどこに買うか?散骨のメリット、デメリット」という話題で盛り上がる。

こういう時の食事は、西友のお惣菜でもおいしい。そうか、やっぱり友達や家族といっしょに食べる食事が一番おいしいんだな、と当たり前のことに気がついた。

永井荷風は、いつも一人で食事をしていて、孤独ではなかったんだろうか?


晴れ渡った日本の空。この空を羽ばたいて渡辺鉄太はメルボルンへ戻った。
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posted by てったくん at 15:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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