2018年05月25日

親父たちが集う町、ベルグレーブ

2018年5月24日

うかうかしていたら、メルボルンもどんどん寒くなり、僕はヒートテックのズボン下を履いている。ズボン下を履くと、季節が変わったなと感じる。

昔、ズボン下は、股引とも呼ばれていた。子ども時代から青年時代にかけて、どんなに寒くても、股引など履くのは恥辱であって、そんなものを着用するくらいなら死んだほうがマシだと思っていた。ズボンの裾から、白い股引がちらっとのぞくなんてのは死刑宣告だった。しかし、いつの間にか自分も股引が欠かせない親父になっている。今は、死なないために股引を履いているのだ。生きていれば、思想を逆転させなければならない時がきっとくる。

昨年末、同じような話を、四国松山の飲み屋でそこのマスターと話していたら、横で聞いていたアルバイト学生が、「モモヒキって何ですか?」と聞いた。その時、股引が死語であることを悟った。

で、そんな親父の僕は、ほぼ毎日、夕方になるとベルグレーブの町(というか、村だな、ここは)の中心にあるウルワースというスーパーで買い物をする。ここには親父やおばさんが、たむろっている。特に親父が多い。なぜオーストラリアでは、夕方に、多くの親父たちがスーパーで買い物しているか、日本の東京の人なんかには理解できないだろう。でも、それがオーストラリア親父の実態である。

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ベルグレーブのウルワースは、かなりショボいが、地元に根ざしている点ではグーだ

ウルワースで多分一番よく会うのは、息子のサッカーチームのマネージャーだったコリンというお父さんだ。印刷会社勤めだが、PTAの会長やらサッカーのマネージャーやら、町の顔役である。そのうち町会議員にでもなるつもりだろう。コリンは、ほぼ毎日買い物をしていて、僕もほぼ毎日だから、ここのところ3日くらい続けて出会った。するとコリンは、「ウフフ、こんなにしょっ中会ってると、俺たちデキていると疑われるぜ!」そう言ってウィンクした。親父ギャグを飛ばす男は、どこにでもいる。

このスーパーの入り口では、毎日のように金のない若者や失業者がギターを弾いたり歌ったりして小銭を稼いでいる。中にはすごい下手な奴もいる。だからある時、夕食の食卓で「あんなだったら、俺の方がギターも歌も絶対うまい」と家族に言ったら、娘が箸を置いてしばし沈黙した後、「パパ、絶対に、あそこではやらないって約束して」と言った。年頃の娘としては、父親がスーパーの前でギターを引いて歌っているのを知り合いに見られでもしたら、自殺ものだろう。

ところが、2、3日前にウルワースに行ったら、見覚えのある親父が歌っていた。「金をくれ!多くても、少なくとも金をくれ。食事代、ビール代、クスリ代、俺には金がいる!」という最低な歌詞だった。誰だと思ったら、ポールだった。ポールは、息子のクラスメートの父親だ。仕事はフィジオセラピストだが、趣味でミュージシャンもしている。インド音楽が好きで、元ヒッピーであることは一目瞭然の風体だ。食べ盛りの息子が三人いるが、最近2度目の離婚をした。生活だって楽じゃないだろう。「三人息子を食わせるのも楽じゃないな」と言うと、「そんなんじゃないよ。歌の練習だよ、ただの練習。お前も一緒に歌え」と言う。「いやだよ、俺は」と言うと、また歌い始めた。「朝起きて、日が昇って、顔を洗って、死ぬのを思いとどまったぁ!」というデタラメな歌だ。それでも驚くことに金を置いていく人がいる。よっぽど切羽詰まって見えるのだろう。そんな親父に付き合うのはごめんだから、さっさとスーパーに入った。

すると、また知り合いがいた。サンタクロースのようなヒゲを伸ばし、いつもドロドロのつなぎの作業服を着たダーシーだ。値引き商品の、賞味期限が間近なカマンベールチーズの匂いを丹念に嗅いでいる。ダーシーは植物学者で、昔は専門学校の講師だった。今は市役所に雇われ、公園などで雑草除去の仕事をしている。「いやあ、腰を痛めちゃってね」と言うから、「どうしたの?」と尋ねる。「雑草抜きだよ。もう25歳じゃないから、無理に引っ張るとこうだ。歳は嫌だね」と笑う。ダーシーは70歳間近で、好々爺という風。植物相手に仕事をしている人は、健康で幸せそうな人が多い。ダーシーの陽に焼けた、笑うと皺だらけになる顔が好きだ。

そこへさらなる親父、イアンが現れる。イアンは僕と同い年、ヨガのクラスで一緒だ。ヨガはやっても、かなりのマッチョガイで、ホンダのトレールバイクで林道をぶっ飛ばすのが趣味だ。植木鉢を作る工場で働いている。僕と同じく、ティーンエージャーの息子がいる。イアン曰く、「(息子の)チャーリーが今度運転免許の試験を受けるんだが、その前に路上の模擬試験を受けさせたら、1時間の間に、交通違反を12点もやっちゃったよ。絶対に不合格だ。ガハハ!」 オーストラリアでは、親(とか身近な大人)が子どもに運転を教えなくてはならない。しかも250時間も路上教習をする義務がある。ところがイアンは、チャーリーの路上教習を、愛車の四駆パジェロで山の中や林道でやっているから、チャーリーは街中の道路なんか走れないのだろう。縦列駐車なんかとても無理だ。こういう型にはまらない親がオーストラリアにはたくさんいる。(僕も、2年先の息子の路上教習を考えると、今から胃が痛くなる。うちの息子は、ニッサンGTRが欲しいとわめいている。)

さて、立ち話も適当に切り上げ、レジに買い物カゴを持っていくと、レジ打ち担当はアンジェラだ。彼女は50歳台後半だと思うが、若い頃は少しばかりいい女だったに違いない。ちょっと潤んだ切れ長の目が素敵である。ユニフォームじゃなくて、花柄のワンピースや赤いセーターなんか着ていることもある。商品をスキャンして袋に入れ、お金を払う1、2分の間だけだが、色々な話をする。彼女には大工の息子と教師の娘がいて、去年は息子の方に孫ができたことも僕は知っている。「わたし、おばあちゃんになっちゃったのよ、いやあねえ」と、嬉しそうにアンジェラは笑った。去年は、コツコツ貯めたお金で、旦那とニュージーランドまでクルーズ船で旅行したとか、そんなこともチャチャっと話す。僕のことも聞くから、息子はサッカーをやっているが、ティーンエージャーはすごい食欲だの、娘が大学院で法律の勉強をしているからピリピリしているとか、そんなことを話す。彼女とはレジで週に一回くらい遭遇するが、この関係がこれ以上発展することもないだろう。

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ベルグレーブ図書館は居心地はいいが、蔵書が少ないのが難点

買い物をして、ウルワースの隣のベルグレーブ図書館によると、そこにも知っている親父がいた。図書館の勉強机で、iPad, Mac mini、iPhoneをケーブルで繋いで、しかめ面で腕組みしていたのはグレッグだ。グレッグは映像作家で、教育用のビデオを作ったり、子供達に映画作りのワークショップをしたりしている。「うちの通りが、今日は工事で停電なんだよ(メルボルンは、停電が多い)。だから図書館で仕事をしてるんだけど、コンピュータの接続がうまくいかなくて、今日はこれを繋いだだけで終わっちゃったよ。全くうんざりだ」と嘆く。僕は、最近紙芝居をやっているので、その写真を見せると、「いいなあ、こういうの!ローテクが一番だよ」と笑う。

寝る前に読むスパイ小説を2、3冊借りて図書館を出る。図書館の横は古い石造りの建物で、カフェになっている。この建物の離れを借りて住んでいるのは、ジェフリーという画家だ。ベルグレーブの芸術家クラブで風景画を教えている。友達じゃないが、知人を通して顔は知っている。いかにも絵描きという風体で、あごひげを生やし、フランス風のセーターなんかを粋に着こなしている。この中年男、夕方になると白ワインのグラス片手にカフェの前に立ち、知り合いが通るのを待ち構えている。誰彼捕まえて、よもやま話に興じる。それを毎日やっている。部屋で飲めばいいのに、わざわざ外で飲んでいるのは、ヨーロッパ風のつもりなのだろうか?泥臭いベルグレーブには珍しいタイプだ。町の風物詩的な親父である。

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カフェ・アースリープレジャーの外観

このカフェから表通り側に出ると、カメオという映画館がある。昔風の小さな映画館だが、ベルグレーブはこのクラシックな映画館が有名だ。僕は、この映画館に時々カヌー仲間のギャリーと映画を観に行く。親父二人で映画鑑賞だ。いつかは『ロングトレイル』というアメリカの映画を観に行った。これは、初老の男が二人でアパラチア山脈を踏破するという筋だったから、親父二人で見るのに最適だった。その時、切符を買うので並んでいたら、すぐ後ろにグレンがいた。グレンは、うちの息子が行っていたシュタイナー小学校の先生で、やはり60歳台の親父だ。せっかくだから、一緒に見ようということになって、三人でワイン片手にポップコーンをシェアしながら楽しく映画を観た。

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カメオ映画館

ベルグレーブで、一番有名な親父は、恐らく魔術師のババデーズであろう。この人は、ヒーラー(霊能力による治癒者)だ。いつも、インドの行者みたいな格好をして、ウロウロしている(でも、インド人ではない)。 昼間はカフェの野外テーブルにゆるりと座り、道ゆく人に挨拶をする。僕には、ちゃんと中国語で「ニイハオ!」と言う。この人はインチキで、いかさま師だと言う人もいるが、僕は真相を知らない。何だっていいじゃないかと思う。ババデーズはもう80歳以上で、目も白内障で半分くらい見えないが、住民には愛されている風物詩親父だ。


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魔術師ババデーズ氏

ベルグレーブは、そんなで、親父たちが集う町である。僕が、毎日夕方になると買い物に出るのは、オーストラリア親父の習性が身についた証拠かもしれない。

posted by てったくん at 11:50| 日記