2011年1月

僕が鈴吾郎のために作ったタンタン丸 (アメリカ、ルイジアナ州に伝わる川舟、cajun pirogueというデザイン)
カヌーを作った。生まれて初めてのことである。ほとんど衝動的に。しかし、そこには隠れた動機もあった気がする。僕は、舟やカヌーが出てくる物語がけっこう好きだった。ヘミングウェー『老人と海』、山本周五郎『青べか物語』、ヘンリー・デビット・ソロー『メインの森』、ケネス・グレアム『たのしい川べ』などだ。
カヌーやボートは、文学の中では何かの比喩であり、象徴である。ただの道具ではない。舟は、人が渡ることのできないもの、水面、川や海を越えて行くためのものである。舟は「旅」でもあり、遡上でいろいろな人間と出会うためのきっかけを作る。日本の神話のスサノオの物語にあるように、舟はこの世と冥府をつなぐものでもある。
カヌーを作ることで、僕も何かを乗り越え、新しい場所へ行ってみたいと考えたのかもしれない。
また直接の動機と言えば、息子の鈴吾郎(8才)が、昨年釣りを始めて以来、「ボートを買え」と、しつこく言い続けて来たことにある。オーストラリアはボート大国だ。ちょっとした釣り好きなら、みんなボートを持っている(と言っても過言ではない)。しかし、だからと言って何千ドル、何万ドルもするボートを衝動買いするほど、僕は親ばかでもないし、そんな金もない。
しかし、鈴吾郎の攻撃は日を追って激しくなる。二人して波止場や岸壁から雑魚を釣っていると、豪儀なクルーザーや、比較的庶民的な小型モーターボートなどが、景気の良いエンジン音を響かせながら沖釣りから戻ってくる。そして、ビール腹のオヤジたちが、真鯛や大振りのコチなんかを抱えて降りてくる。
そういうのを見ていると、僕だって「ちくしょう、ボートがあったらなあ」と思う。先日も、旧友ミヤギ氏父子に、フランクストン沖での釣りに誘われ、貸しモーターボートを奮発して出かけたら、コチや小鯛やサヨリが、たくさん釣れた。やっぱボートは違う。

フランクストン沖で、ミヤギ氏と釣り

オーストラリア生まれで、オーストラリア育ちの日本男児二人、大海原を行く(左は、ミヤギ氏の長男のジュン君)
しかし、文学好きなインテリな僕は、もっと上品に、もっと優雅に、もっと知的に、ボート釣りに移行したい。ビール腹オヤジが、ガソリンをじゃんじゃん消費しながら轟音をたてて走り回るモーターボートなんかではなく、山本周五郎の持っていた和船「青べか」や、ソローがメインの湖水を逍遥するのに使った川舟のようなものがいい。そして、文学や芸術や人間を愛するのと同じように、舟にのって釣りをしたい。
だから、カヌーを作ったのは、ただカヌーをやってみたいとか、もっと釣りをしたいから、という単純な心理ではないのである。
(でも、本心では、ああ、真鯛の大物なんか釣ってみたい!)
そんな僕が、ボートかカヌーを自分で作ろうと心に抱いたのは、さかのぼること昨年の7月頃だったろうか。でも最初は、「まさか、本当に作れるわけないよね」と、あきらめていた。そしたらある時、鈴吾郎の同級生のお父さんで、高校で科学や技術を教えるマークが、「いや、作れるよ、作れる。木を切ってさ、乾かして、板に削って、作ったらいいんだよ。うちのおじいさんはそうしてたよ、ハハハ!」だって。簡単に言うなよな、もう!
マークは、うちの娘の鼓子(16才)が通うシュタイナー学校の卒業生、奥さんも同級生、子どもたちもみんなシュタイナー学校、というシュタイナー家族。シュタイナー学校の卒業生は、マジでいろいろな物を自作してしまう人が多い。家を建てる、ギターやバイオリンを作る、古い自動車を電気自動車に改造して乗っている人だっている。ボートビルダーも多い。

シュタイナー学校のカヌーキャンプでの鼓子
「そんな、木を削ってなんて、まさか!?」と、僕は絶句したが、マークの「作れるよ、作れる」という一言は、どこかガツンときた。
そうこうしているうちに、ウォーバートン村のカネ村さん(宮大工の息子)と餅つきの臼を作ろうと試みて、二人して挫折したことは前回書いた。しかし、臼を作る檜のブロックを削りつつ、爽やかなおがくずの匂いを嗅いでいるうち、心はだんだん高揚してきた。そして、ある日決意したのだ。
「よし、僕もボートかカヌーを作るぞ!」
早速インターネットでリサーチした。日本語でも調べたが、あまりバラエティーがない。そこで、英語でオーストラリア、カナダ、米国のビルダーについて調べた。北米のボートビルディングは裾野が広く、設計図もたくさん売られていることがすぐに分かった。初心者用のキットなどもたくさんある。写真入りのブログも多々あり、「初めてだが、満足なできだった」とか「こんなに簡単に、しかも美しいカヌーが作れて夢のようだ」とある。You Tubeにもカヌー作りの映像がたくさんアップされている。俄然やる気が湧いてくる。
そのうち、アメリカ、ルイジアナ州のUncle John’s General Store(ジョンおじさんの雑貨屋)
http://www.unclejohns.com/default.htm という不思議な名前のビルダーに行き当たった。「6時間で作れるカヌー風ボート、ケージャン・ピローグ」とある。写真を見ると、見たことない舟だが、直線的で実にシンプルなデザイン。しかも美しい。ルイジアナの湿地で、ザリガニ漁や魚釣り、カモ狩りなんかに使う川舟のデザインらしい。
さっそく、電子メールで30ドルという破格に安い設計図を取り寄せた。これも単純、明快。
「ようし、作るぞ!」僕は、鈴吾郎に宣言した。
「本当? やろう、やろう、やろう!」鈴吾郎は、万歳三唱である。

早朝から作業する鉄太氏
さて、結果から言うならば、宣伝にあった「6時間」はとても無理であった。実働40時間、期間にしてほぼ3ヶ月かかった。早朝、夕方、週末、自分でも信じられない集中力で作業した。鈴吾郎も、木を切ったり、グラスファイバーの塗布を手伝ったり、紙ヤスリをかけたりして手伝った。そして、満足できるピローグが出来上がった。マークの、「作れる、作れる」は、本当だった。
舟の名前は、鈴吾郎が、大好きな絵本キャラクターから取って、「Tintin(タンタン丸)」とした。冒険好き、という意味合いである。
以下が制作のダイジェストである。

設計図をじっくり研究。部品によっては実物大の設計図を書く。

ベニヤ板から側板、底板を切り出す。(材料はほとんど全部近くのホームセンターで入手。工具も、ドリル、丸鋸など、手元の工具だけで足りた。)

舳先の軸となる部品。これだけは特殊な工具が必要で、友人の木工家リントン氏に切り出してもらった。

あれよあれよという間に舟の形が出来ていく。自分でもびっくり。

接着剤が乾くのを待つ時間が惜しく、端切れでパドルも作ってしまう。こんなマニアックなものでも、失敗さえ恐れなければ、できてしまう事実に驚き。

舟の内枠を付ける。舟の形がこれで決まるので、位置決めに苦心。

外枠を付ける。細い木材をぎゅっと曲げて貼付ける工法も初体験。

底板を貼付ける。底板は適当な大きさに切って、側板に合わせて切るだけ。接着は重しをたくさん置いて。

舟の形が完成。ここまで出来れば完成近し、と、思ったら大間違い。

ファバーグラスの施工。A剤とB剤を混ぜたら、20分で塗らないと乾いてしまうという恐怖の体験。最初はパニック、慣れると難しくない。

乾いたら、はみ出したファイバーグラスの端をカッターで切り、ヤスリで整形。

水漏れがないように、隙間をエポキシで塞ぐ。クモさん、接着剤で張りついちゃうよ!

カヌー作りも山を越した観もあり、鈴吾郎と釣りへ行って一息。キスやカワハギが釣れ、刺身と焼き魚で一杯。庭でとれた空豆も夏の味。ビールが旨い。

ファイバーグラス完成。見よ、この光沢。

仕上げに入る。内側に手すりを付けたり、前後にデッキを貼付けたり、細かい偽装を施す。この辺りのデザインは、Uncle Johnのサイトにある過去の制作例の写真からアイデアをもらう。

いよいよ塗装。ファイバーグラスは紫外線に弱いので、舟用ニスや外壁用ペンキで塗装。

木目を生かした塗装で完成。どうじゃあ、この名人芸!(写真ではアラが分からない?)

椅子やパドルなどの備品も作る。お茶の子さいさい。

庭に持ち出し、写真撮影と、陸上でイメージトレーニング。
(鈴吾郎を座らせて写真を撮っていたら、うれし涙が湧いてきた。)

思ったより重い舟になったので、搬送用の車輪も作った。荷車の車輪を流用。

最後に、Tintinと船名を入れる。手書きで入魂。

車に積み込むのも初体験。手順が分からず、大汗で2時間。

近所のオーラベール湖で、ビールを船首にかけて無事の航海を祈る。

鈴吾郎とタンタン号の処女航海。

静かに水面を走るカヌーのなんと滑らかなこと。この感覚は、とても陸上では味わえない。

カヌー、絶対お勧め。特に自作のカヌーを漕ぐのは、最高の気分!